NBAドラフトの舞台裏 筋書きのないドラマに拍手 笑顔 そして涙

[ 2018年6月24日 09:30 ]

自宅で吉報を待ったハーター(AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】NBAのドラフトが21日(日本時間22日)にニューヨークで行われた。指名されたのは2巡目までの計60人のみ。北米4大スポーツのドラフトでは最も少ない指名人数で、期待がかかっていたジョージ・ワシントン大出身の渡辺雄太(23)の名前は最後までコールされなかった。

 日本のプロ野球界同様、ドラフト当日にはいろいろなドラマがある。NBAでは指名確実となっている選手はおしゃれなスーツに身をまとって家族と一緒に会場に姿を見せるのだが、1巡目の全体19番目にホークスに指名されたメリーランド大のケビン・ハーター(19)はニューヨーク州の州都オルバニーの郊外にある実家にいた。

 「試合中でもあわてないんだ。これは自分の性格だね」。唯一、迷ったのは4枚あるTシャツのうちどれを着ようかという小さな選択。ハーター家には親戚、友人併せて計200人が集まり、ふるまわれたハンバーガーを口にしながらこの日の“主役”を取り囲んでいた。

 もちろんこんなのどかな風景はレアケース。ドラフト会場となったバークレイズ・センター(NBAネッツとNHLアイランダースの本拠地)では悲喜こもごものドラマが繰り広げられた。

 1巡目の全体12番目に76ersに指名されたのは、ビラノバ大で2度、全米制覇に貢献しているミケル・ブリッジズ(21)。名前をコールされたとき同席していた母ティニーハ・リバースさんは紺色のきらびやかなスーツを着ていた息子と抱き合って歓喜した。「生涯忘れられない瞬間です。息子が家の近くに戻ってくれてうれしい」と母は感無量の面持ち。それもそのはず。ブリッジズは76ersが本拠を置いているフィラデルフィア郊外の出身であり、さらにリバースさんはその76ersの人事部門担当者。“縁故指名”ではなかったはずだが、母と子にとってこれほど理想的なドラフトはなかった。

 ただしその喜びはすぐに消滅。76ersはブリッジズをサンズに放出し、サンズが1巡目の全体16番目に指名したザイアー・スミス(19=テキサス工科大)とドラフト1巡目指名権を獲得してしまったのだ。ブリッジズの“故郷在籍”はわずか45分間。NBAビジネスの厳しさを物語る一幕だった。

 ペイサーズが1巡目の全体23番目に指名したのはアーロン・ホリデー(21)。UCLAの3年生だった昨季は平均20・3得点を挙げたガードで、実績は文句なしの選手だ。

 同選手の兄ジャスティン・ホリデー(29)はブルズ、もう1人の兄ドリュー・ホリデー(28)はペリカンズに在籍し、ともにチームの主力として活躍中。NBAに在籍した日本人選手は依然として2004年にサンズで4試合に出場した田臥勇太(現栃木ブレックス)だけだが、ロサンゼルス郊外で人口4万人ほどのチャッツワース地区にあるホリデー家からは現役だけでなんと3人目のNBA選手が誕生してしまった。

 渡辺は結局、ネッツの一員として7月6日にラスベガスで開幕するサマーリーグに出場することになったが、ならばネッツのショーン・マークスGM(42)にひとこと申し上げたいことがある。

 ネッツは1巡目の全体29番目にボスニア・ヘルツェゴビナ出身でクロアチア・リーグでプレーしているジャナン・ムーサ(19)という選手を指名。16歳でプロに転向し、クロアチア・リーグでは3連覇を達成しているので残った選手の中では妥当な指名だったとも言える。

 しかし2巡目の全体40番目に指名したラトビア出身のロディオンズ・クルツ(20)という選手は、スペインのFCバルセロナに所属はしているものの昨季の出場は10試合のみ。ほとんど実績は残していない。

 ムーサ、クルツ、そして渡辺の身長はみんな2メートル6。昨季33試合に出場して平均16・3得点、6・1リバウンド、さらに所属のアトランティック10カンファレンスの年間最優秀守備選手にも選出された渡辺のどこがクルツに劣っているのかが私には到底理解できない。23歳という年齢がネックだったのか、それとも過去にNBA選手が1人しかいない日本という国の“ブランド力”が物足りなかったのか…。ドラフト当日の原稿を書きながら、私はしばらく悶々としてブツブツと小言をこぼしていた。

 もし救いがあるとすれば、NBAの元選手でもあったマークスGMはニュージーランドの出身で「国際戦略」には積極的な姿勢を示しているというところ。なので渡辺のサマーリーグでの健闘と活躍を祈りたい。ドラフトが終わってもドラマの続編は尽きることはないので、ぜひともマークスGMをぎゃふんと言わせて階段を昇りつめていってほしい。

 戦いはこれから。実家でくつろいでケチャップ山盛りのハンバーガーを頬張ったハーターは、2枚目のTシャツに着替えてシューティング練習を再開した。ブリッジズは母親の元を離れ、サンズの本拠地フェニックスへと移動。ホリデーは2人の兄との自主トレに臨む予定だ。

 NBAの若手にとって短くも激しい火花が飛び散る7月。本当の勝負はドラフトが終わったあとに始まるものだ。さあティップ・オフ…。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。

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