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金子達仁氏 計算された怒り?監督とは役者である

[ 2022年11月30日 05:05 ]

FIFAワールドカップ(W杯)カタール大会

<韓国・ガーナ>試合後、レッドカードを受けた韓国代表のベント監督(AP)
Photo By AP

 【金子達仁 W杯戦記】10分と表示されたアディショナルタイムは、11分を過ぎようとしていた。1点を追う韓国がCKを獲得。文字通りのラストチャンス。最後の力を振り絞ろうとした瞬間、主審の笛が鳴った。

 表示された時間が過ぎていた以上、主審の判断に問題はない。ただ、リードを許した側が敵陣でセットプレーを得た場合、終わるまでは黙認するというのが、サッカー界の通例とも言える。問題ではないものの、あまりあることではないし、同じことを日本がやられていたら、わたしはその主審を当分恨み続けることだろう。

 当然、韓国の選手たちは激(げき)昂(こう)した。選手以上に収まらなかったのはポルトガル人のベント監督だった。彼は凄(すさ)まじい形相で主審に詰め寄り、詰め寄り、詰め寄り……退席を宣告された。

 同情半分、苦笑半分でラテンの激情を眺めていたわたしだったが、直後の光景をみてハッとさせられた。

 触れるものすべてを破壊しそうな剣幕だったベント監督が、ガーナの選手や監督と向かい合った途端、すっと冷静さを取り戻し、笑顔とさえ取れる表情を浮かべて握手に応じたからである。

 いやいや、役者でいらっしゃる。

 思い出したのは、トルシエがFC琉球の総監督になって最初の練習試合のことである。

 初めて彼がベンチに座ったその試合、琉球は格下の相手に敗れた。日本代表時代を彷彿(ほうふつ)させる形相で激怒したトルシエは、試合後に予定されていた選手たちとの懇親会をキャンセルした。選手だけでなく、顔合わせを楽しみにしていたスタッフも暗澹(あんたん)たる気持ちで会場をあとにした。

 ところが、ホテルに戻ったトルシエは、何事もなかったかのように言い出した。

 「ところで、今晩はどこに食事にいくんだ?」

 どこもなにも、すべて取りやめだとわめき散らしたのはあなたではないか、と驚くスタッフを尻目に、トルシエは笑った。

 「あそこで怒らなかったら、新しい監督は敗北を平然と受け入れる人間だと選手に思われるだろ?」

 結局、選手たちは寂しい夕食を取ることになったが、市内に繰り出したトルシエとスタッフは、おいしい焼き肉を堪能した。ご満悦の元日本代表監督は言った。

 「監督っていうのは、役者でもあるからね」

 主審の判断に激怒したベント監督の感情に嘘(うそ)はなかったはず。ただ、自分を見失うほどではなかった。つまり、退席を宣告されるほどの怒りには、何らかの計算が働いていた可能性がある。

 自分が紙をもらうことで、選手を守ろうとしたのか。母国と戦う最終戦でベンチに入れなくなる監督のために、と選手が発奮することを期待したのか――。韓国国内ではベント監督に対する怒りの声も上がっているようだが、どうしてどうして、部外者として見るこのポルトガル人監督は相当な策士である。

 さて、すべての国が2試合を戦い、W杯は最初のヤマ場を迎えようとしている。出場32カ国のうち、半分の16カ国が今週中に帰国の途につくことになる。

 ここまでのところ、わたしが圧倒的な強さを感じるのはブラジルとフランス。これに続くのがオランダ、スペインといったところか。ちなみに、日本がE組を2位で突破した場合、フランス以外の3チームと反対のブロックに入ることになる。この壁を越えれば、越えさえすれば、ベスト8“以上”という目標は俄然(がぜん)現実味を帯びてくる。(スポーツライター)

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2022年11月30日のニュース