元TBSアナ・久保田智子さん 20代で「不妊症」診断され特別養子縁組決断 愛娘もうすぐ5歳 現在は…

[ 2023年12月18日 15:20 ]

久保田智子さん
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 元TBSアナウンサーで、現在は報道局に勤める久保田智子さん(46)が、17日放送の同局「ドキュメンタリー『解放区』」(日曜深夜1・28)に出演。特別養子縁組制度で女児の母となったことを公表した理由と、現在抱えている悩み、愛娘への思いなどを打ち明けた。

 久保田さんは東京外語大を卒業し、2000年4月に同局に入社。「報道特集」「おはよう!グッデイ」「Nスタ」など、数多くの番組に出演した。アナウンス部と報道局外信部を兼務し、13年にはニューヨーク支局赴任。15年に日本テレビ記者と結婚し、16年には夫の住む米国でともに暮らすため、退社した。その後はコロンビア大学で客員研究員となり、オーラルヒストリー修士課程を修了し、18年12月に帰国。20年、同局の「ジョブリターン制度」を利用して報道局員として復職した。

 「特別養子縁組」は、生みの親との親子関係はなくなり、戸籍上も育ての親の子となる制度。久保田さんは、帰国後の19年1月、特別養子縁組制度で女児の母となったことを明かした。

 20代の早い段階で不妊症が発覚し、「将来子供を持つのは難しいだろう」と医師から指摘されたという久保田さん。夫と2人での生活も楽しく、「ずっとこのままでいいかな」と思った時期もあったというが、「やっぱり子供を育てたいなという気持が常にあった」と言い、特別養子縁組制度を利用することを決断。新生児だった娘・はなちゃん(仮名)を家族に迎え、大切に育ててきた。

 現在は、4歳を目前に、生みの親の存在を伝える「真実告知」に悩んでいた。久保田さんは「とにかく早い段階から自然に話を始めてくださいと言われて、“生みの母”という言葉を自然に言わなきゃと思えば思うほど、上手くいかなかったりして…」と、その存在の伝え方に葛藤を抱いているという。

 久保田さんは、早い段階から「生みの母」という言葉を使い、その存在を伝えてきた。すると2021年、はなちゃんは「生みの母、さみしくないかな?」「生みの母は何歳だろう」「生みの母も大好きなの」と、「生みの母」に関心を抱くように。そこで久保田さんは、はなちゃんの4歳の誕生日に、「生みの母」の写真を使ってはなちゃんのこれまでの人生をつづったアルバムを作製した。

 アルバムを作って渡してから、もうすぐ1年。はなちゃんはたびたびこのアルバムを開き、生みの母についてのお話をするというが、久保田さんも現在は生みの母については「聞かれたらお話する」程度となり、肩の荷が下りた様子。久保田さんは現在も、特別養子縁組を利用した家族の集いなどに参加し、積極的に情報収集をしている。はなちゃんの5歳誕生日を前に、久保田さんは「(特別養子縁組を)公表することにためらいはあった」と、公表することに葛藤があったと告白。だが、「社会に“こういう選択がある”と発信することは、やっぱりいいことなんじゃないかと思う」と、自身の決断への自信をのぞかせていた。

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