石井亮次アナ 「華」はなくても父譲りの「鼻」がある「誇りに思ってます」

[ 2023年10月15日 08:00 ]

石井亮次アナ                              
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 【俺の顔】この人の顔と話術にはどこか安心感がある。TBS系「ゴゴスマ」(月~金曜後1・55)でMCを務めるフリーアナウンサーの石井亮次(46)。全国区の司会者として見ない日はないほどの活躍の中で、仕事の軸になっているのは父の背中だった。フリー転身から3年。見据える未来とは――。(小田切 葉月)

 取材は「ゴゴスマ」終了から約10分後に行われた。東大阪市出身の関西人。「ほな、よろしくお願いします」とさっそうと登場。2時間近くしゃべり続けてきた直後とは思えないほど軽快にトークを紡ぎ、コロコロと表情が変わる。「テレビでも喜怒哀楽がすぐ顔に出る。プロとしてどうかと言われるけど…そこを視聴者の方と共有できていたらうれしい」と声を弾ませた。

 自身の顔の特徴は鼻。「横に広がってて大きいですよね」。街中で顔を指されることはあまりない。「男前でもないし、年相応の普通の顔。華はないですが、鼻はデカいんですよ!」

 その大きな鼻は父親譲り。仕事への姿勢も父の背中から学んだ。ガソリンスタンドを営み、朝から晩まで働くほど仕事熱心。自身は今も「ゴゴスマ」出演時、午前7時に局入り。9時まで新聞などで時事ニュースを勉強し、台本会議をこなしてから本番に臨む。

 父が亡くなった2015年は、関東で「ゴゴスマ」の放送が始まったばかり。「父親は“何を差し置いても仕事が一番”という人」だったため、葬式には出席せず涙をこらえて番組に出演。なのに、その日の関東の視聴率は歴代最低の0・9%。「霊きゅう(0・9)車って、なんやねん!って」。だが三回忌の時、母の勧めで父の形見のネクタイを着けて出演したところ「初めて裏のライバル番組の視聴率を超えた」と振り返る。尊敬する父によく似た鼻。「誇りに思ってます」とほほ笑んだ。

 元々スポーツアナ志望。小学3年生だった1985年に阪神が優勝し、熱を伝える実況に感銘を受けた。2000年に名古屋のCBCテレビに入社。スポーツ実況担当に配属も、2年目に担当したプロ野球の2軍戦で第1球を言い逃すという痛恨のミス。情報番組に異動することになった。

 ただ、転機にもなった。12年10月に同局の情報番組で共演していた友近(50)が、フジテレビの番組で石井アナを取り上げたことをきっかけに、13年に「ゴゴスマ」MCに起用。「置かれた場所で頑張ろうとやってきて今につながった。素敵な縁ですね」

 20年3月にフリー転身。当初はNHK紅白歌合戦の司会者を目標にしてきたが「今は意見が変わった」と語る。さまざまな番組を重ねるにつれ、仕事に大小はないと気付き、父の姿を思い出した。

 息を引き取る直前、石井アナが「親父、ありがとう」と伝えると、父が「まだ早い!」と突っ込んできたという。「凄く笑った。それで、これだと。一生おしゃべりの場で、最期まで面白く。昼時になんか知らんけど、しゃべり続けてるおっちゃんでありたい」。穏やかで優しい顔に秘める熱い思いを感じた。


 ≪CBCテレビ情報バラエティー番組「太田×石井のデララバ」 東海地区の“ド定番”伝える≫ 石井アナとお笑いコンビ「爆笑問題」の太田光(58)がMCを務めるCBCテレビの情報バラエティー番組「太田×石井のデララバ」(水曜後7・00)が、今月18日からスタートする。同局制作では11年ぶりのゴールデン帯(午後7~10時)レギュラー番組で、太田は同局で34年ぶりにレギュラーを務める。石井アナは「一緒に全国に広げよう!と太田さんと一緒に頑張ってます」と話した。

 東海地方の“ド定番”と思われるお店やスポットなどに焦点を当て、スタッフがお客さんに直接話を聞くアナログ取材を徹底。初回ロケ地は「矢場とん」。「名古屋観光のガイドの一助にもなると思う。ぜひ見てほしい」と呼び掛けた。

 ◇石井 亮次(いしい・りょうじ)1977年(昭52)3月27日生まれ、大阪府出身の46歳。同志社大卒業。09年に「家族記念日」のナレーションで、日本民間放送連盟賞最優秀賞を受賞。著書に「こんにちは、ゴゴスマの石井です」。1メートル81。血液型O。

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