×

さんまの師匠、松之助さん逝く 93歳 上方落語最長老

[ 2019年2月23日 05:30 ]

09年、芸歴60周年イベントで口上を述べる笑福亭松之助さん(右)と明石家さんま
Photo By スポニチ

 明石家さんま(63)の師匠で上方落語界最長老の笑福亭松之助(しょうふくてい・まつのすけ、本名明石徳三=あかし・とくぞう)さんが22日午前3時すぎ、老衰のため兵庫県西宮市内の病院で死去した。93歳。神戸市出身。葬儀・告別式は近親者で執り行う。喪主は長男で落語家の明石家のんき(あかしや・のんき、本名・明石弘之=あかし・ひろゆき)。後日お別れの会を開く。松之助さんは落語だけでなく役者としても活動した。

 明石家さんまを世に送り出した型破りな師匠が旅立った。関係者によると松之助さんは近年体調を崩しており西宮市内の病院に入院していた。別の関係者は「昨年11月ごろ、かなり体調が悪いと聞きました。回復されることを祈っていたのですが」と話した。

 形にとらわれないことから松之助さんは自らを落語家ではなく「楽悟家」と名乗っていた。「喜劇役者になりたかったけど芝居は役がつかないとダメ。それで落語家になった」。1948年に5代目笑福亭松鶴に入門。2年後に師匠が他界すると、喜劇役者としてデビューした。松竹芸能や吉本興業を渡り歩き、吉本新喜劇の前身で1959年にスタートした「吉本ヴァラエティ」では脚本も担当した。映画やテレビドラマにも出演し、96年にはテレビ朝日「ニュースステーション」のコメンテーターも務めている。

 舞台では「質屋蔵」「百年目」「らくだ」など古典ネタも大切にしながら、70年代には当時ブームになっていた「仮面ライダー」などを盛り込んだ漫談にも力を入れた。その自由な芸風は弟子であるさんまに受け継がれている。入門時のエピソードは有名。74年2月に京都花月を訪れたさんまが入門動機を「あんた、センスあるから」と答えても笑って入門を許した。

 「笑福亭」の屋号にもこだわらず、さんまのタレント性を見抜いて自身の本名から「明石家」の名前を与えた。「ほかの人は名前にこだわっているけどボクは何でもええ。さんまの実家がさんまの干物作ってたから“さんま”」。唯一繰り返し伝えていた言葉は「人と同じことはするな」。東京進出したさんまには読んだ本などから仕事や人生に役立ちそうな言葉を手紙に書いて送っていたという。

 2人は舞台やテレビでも度々共演しており松之助さんは12年の吉本創業100周年公演「さんまの駐在さん」にも参加。さんまは23日、大阪市内で舞台に出演。師匠への思いを言葉にすることもありそうだ。

 松之助さんは趣味の水泳で全日本マスターズ水泳短水路大会で優勝するなど公私ともにマルチな才能を発揮。スポニチ本紙インタビューで「さんまがスターになると思ったか?」の質問に「そんなん分かりますかいな。分かってたらワシが先にやってますがな」と答えていた。あの笑顔はもう見られない。

 ◆笑福亭松之助(しょうふくてい・まつのすけ、本名明石徳三=あかし・とくぞう)1925年(大14)8月6日生まれ、神戸市出身。48年6月、5代目笑福亭松鶴に入門し2代目松之助を名乗る。51年に軽音楽劇の「宝塚新芸座」でミュージカルを手掛ける。吉本興業入りした後は明石光司のペンネームで約50本の新喜劇の脚本を書いた。松竹芸能に移籍し、67年に吉本に復帰。NHK連続テレビ小説「まんてん」や映画「パッチギ!」などに出演した。

続きを表示

この記事のフォト

「美脚」特集記事

「上島竜兵」特集記事

2019年2月23日のニュース