松坂桃李を本気にさせた退学 ターニングポイントは人生初の親子喧嘩

[ 2017年1月22日 15:30 ]

映画「キセキ ーあの日のソビトー」主演の松坂桃李  ヘアメイク:AZUMA@MONDO−artist(W)スタイリスト:伊藤省吾(sitor)
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 4人組ボーカルグループGReeeeNによる名曲「キセキ」の誕生秘話を描く映画「キセキ ーあの日のソビトー」(1月28日公開)に主演する、俳優の松坂桃李(28)。同グループのリーダー・ヒデの実兄であり、楽曲すべてをプロデュースするジンを演じている。

 親の反対を押し切ってミュージシャンになる夢を追うあまり、厳格な父親と壮絶な親子喧嘩をするシーンがある。父親役の小林薫をにらみつけ、一歩も引かない姿には普段の温和な松坂のイメージは皆無。そこには「自分も親と喧嘩をして家を飛び出した経験がある」という過去があった。

 松坂が芸能活動をスタートさせたのは、大学在学中。ファッション雑誌「FINEBOYS」のモデルを経て、2009年に特撮ドラマ「侍戦隊シンケンジャー」で俳優デビュー。モデル時代は学業との両立は可能だったが、ハードスケジュールで知られる特撮ドラマの撮影ではそうはいかない。悩み抜いた末、大学2年の時に休学を選択する。当然のように将来を心配する両親は許さない。

 「『大学はどうするんだ?』『休学します』『ふざけるな!』。親との衝突、今までにない大きな喧嘩でした。正直な事を言ってしまうと、その時はそこまで真剣に芸能活動に専念しようという気持ちはありませんでした。でも勢い余って売り言葉に買い言葉で『だったら家を出ていってやるよ!』と言ってしまい、後へ戻るに戻れず」。結果、休学だけではなく、実家を飛び出して一人暮らしを始める事に。思いもよらぬ“両親との人生初の大喧嘩”が人生最大の分岐点になった。

 「僕自身はポキッと折れやすいタイプの人間。そんな自分が珍しく親にタンカを切った手前、家に戻るのが恥ずかしいという思いが強かったです。“決断”というよりも“恥ずかしい”という気持ちが、それ以降の大きな心の支えでしたね」と照れ笑い。大学2年生という宙ぶらりんの時期だったこともあり「一番遊べる時期ですから、大学の友人も“いいぞ!やれやれ!いけいけ!”とノリノリで鼓舞。まさか大学を辞めることになるという危機感もなくて」と振り返る。

 2年という休学期間をフル活用し、仕事に没頭。ノリノリで鼓舞した大学の友人たちが授業の単位を取り、就職活動を進めていく中で、松坂は芸能活動の面白味を知り、真剣に俳優業と向き合い始めていく。「自分の中では復学するという原動力以上に、俳優の仕事にかけてみたいという気持ちが大きくなって、ついに退学を選択しました。迷いは全くありませんでしたね」。“恥ずかしい”が“決断”に変化した瞬間でもあった。

 一度は衝突したものの松坂の真剣さに気づき、最大の理解者になったのは両親だ。「実家に帰ると、僕の出演した番組が録画してあったり雑誌の切り抜きがあったり。ちゃんと見ていてくれるんだと嬉しかった」。親孝行を実感したのは2012年放送の朝ドラ「梅ちゃん先生」への出演。「それまでも映画やドラマに出たりしていましたが、朝ドラの時は親の喰いつきが明らかに違いました。『今まで隠していたけれど、これでやっとご近所に言える』と冗談めかすくらい、朝ドラに出た瞬間の手の平が返った感。親に認めてもらう一番手っ取り早い方法はNHKに出ることなんですね」と笑う。

 あの大喧嘩から8年が経過。若手俳優は主演を務めたかと思えば、脇役にまわって作品に花を添えることもできる人気俳優へと成長した。「大学に通わせてもらいながら、それを喧嘩という形で辞めてしまったのは申し訳なかったので、その分この仕事で成果を残して有言実行でいきたい。パブリックイメージ通りをやり続けていたら自分は将来的に残れないという焦りもあるので、これからもいい作品に呼んでもらえるよう常に高いハードルを課していかなければ」。“ポキッと折れやすい”男は、もういない。

 チョイワル雰囲気と孤独を漂わせながら挑んだジン役。モデルとなった本人と食事をした際には「人生の中で5本の指に数えられるほど、桃李君は僕のことを理解してくれた人」との言葉をもらった。松坂は「俳優は答えのない仕事だからこそ、褒められると何倍にもガツンとくる。ご本人からありがたい言葉をいただけるとは思ってもいなかったので……その時食べた刺身は最高に美味しかったですよ」と心底嬉しそうだ。(石井隼人)

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