渡辺謙 阪神と貫く亜流の美学、人生の節目の年には「必ず優勝」

[ 2016年11月8日 09:50 ]

夢中論について語る渡辺謙

 ハリウッドやブロードウェーなど国境を超えて活躍する俳優の渡辺謙(57)は、熱烈な阪神ファンとして知られる。V9を達成した巨人の黄金期に新潟県で少年時代を過ごした男がなぜ、兵庫を本拠地にする縦ジマのユニホームにのめり込んでいったのか。その背景には、日本の芸能史上最も“世界的な俳優”の原点や生き方があった。

 夢中なものは「過去も現在も仕事以外ないよ」と語る。「楽しい時だけじゃなく、苦しい時でも先が見えない時でも我をなくすほど没頭する。そんな状態になるのは仕事だけ。ほかのどんなことでも、仕事をやり遂げた時の高揚感にはとてもかなわないよ」

 阪神の応援や趣味のゴルフにのめり込むこともあるが「それは熱中。確かにプロ野球もゴルフも楽しいよ。でも、そこに責任はない。責任を伴ってやるからこそ真剣になる。プロ野球選手だってオープン戦と公式戦では深刻度が違うでしょ」

 成功ばかりではなかった。苦しんで報われなかったこともあった。それでも夢中になって仕事に取り組んで、日本俳優界の“巨人”となった渡辺。その生き方は球界の盟主である巨人と対極にあり、自身が熱中してきた阪神に重なる。

 初めて観戦したのが後楽園球場での巨人―阪神戦。「小学4年か5年の時だったかな。東京のおじの家に遊びに行った時に連れて行ってもらったんだ。阪神は江夏豊―田淵幸一のバッテリーだったよ」

 巨人がV9に向けひた走り、「巨人、大鵬、卵焼き」が流行語だった時代。新潟県北魚沼郡広神村(現魚沼市)の厳しい自然の中で育った少年の心の中は、東京への憧れと反発が同居していた。「周りは猫もしゃくしも巨人ファン。僕はそれに反抗心があって、そのスポットに阪神がはまった。新潟だからテレビで中継されるのは巨人戦ばかりで阪神戦を見る機会は少なかったけど、常に気になっている球団だったね」

 高校を卒業した後、すぐに上京。作品に魅せられて受験した演劇集団「円」の研修生試験に合格し、俳優としてのスタートラインに立った。そこからの波瀾(はらん)万丈な俳優人生は、浮き沈みの激しい阪神に重なった。「人生のポイントになることが起きる時には必ず阪神が優勝するんだよ」

 最初は1985年。阪神が日本一に輝くと、自身は86年のNHK連続テレビ小説「はね駒」にヒロインの夫役で出演することが決定。この作品での演技と存在感が評価され、大河ドラマ「独眼竜政宗」(87年)に主演し、国民的な人気を得るようになった。

 ところが、89年、急性骨髄性白血病を発症。その5年後に再発。何をやっても病気のイメージがつきまとうようになった。転機は03年。阪神が星野仙一監督の下で優勝したこの年、出演したハリウッド映画「ラストサムライ」が公開された。04年、アカデミー賞助演男優賞候補に選ばれ、活躍の場を世界に広げていくきっかけになった。

 岡田彰布監督が宙を舞った05年は、女優の南果歩(52)と結婚。06年にはクリント・イーストウッド監督(86)とタッグを組んだ「硫黄島からの手紙」が世界的に高く評価された。

 「だから昨年も優勝してほしかったんだよ」。昨年はブロードウェーに乗り込んでミュージカル「王様と私」に主演。トニー賞のミュージカル部門主演男優賞候補に選出された。「こういう年は阪神も調子がいいと信じてた。でも終盤にこけて残念だったね。まあ、ファンはこうやって自分の人生とこじつけるんだよ」

 演じてきた役柄も、権力や強者に対するアンチ的な存在が多かった。中央政権の動向を探りながら形勢逆転のチャンスを狙った伊達政宗、武士道精神を取り戻すため政府軍に戦いを挑んだ侍一族の長…。「勝者はどこか肌に合わないんだよね。(鎌倉幕府を開いた)源氏の役なんて演じたこともなければ、鎌倉にあった撮影所(松竹大船撮影所)に泊まっただけで必ず体調を崩したほど」と苦笑い。「ここまで来たら、もうしようがない。阪神と一緒に亜流の美学を貫くよ」

 俳優生活38年。渡辺を突き動かしてきたのは「自分は本流ではない」という意識かもしれない。昨年主演した「王様と私」は初ミュージカルでセリフが全編英語。待っているのは世界一辛口な批評家と目の肥えた観客。無謀とも言われた挑戦だったが、「積み上げてきたものを全てぶち壊す覚悟」で前に踏み出した。

 夢中になる仕事を求めて、ゼロからのスタートも過去のキャリアを失うことも恐れない。そんな「亜流」な生き方が、世界の「KEN WATANABE」を形作っている。

 ◆渡辺 謙(わたなべ・けん)1959年(昭34)10月21日、新潟県生まれの57歳。演劇集団「円」で研修中、蜷川幸雄さん演出の「下谷万年町物語」で主役に抜てきされた。84年に「瀬戸内少年野球団」で映画デビュー。ハリウッドでは「バットマン ビギンズ」「SAYURI」「インセプション」などの大作に出演。今年は李相日監督の「怒り」に主演。

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