【内田雅也の追球】「希望」の青空と白球 戦争を身近に感じる沖縄で野球ができる幸せを思いたい

[ 2023年2月23日 08:00 ]

阪神キャンプ地の沖縄・宜野座村にある沖縄戦の孤児院跡。今は児童公園になっている。
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 阪神はキャンプ休日で、那覇に行き、映画『ラーゲリより愛を込めて』をみた。ある球界関係者から勧められていた。

 ソ連によるシベリア抑留を描いている。原作は辺見じゅんの『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(文藝春秋)で実話に基づいている。

 公開中でもありネタバレは慎みたい。ただ、還暦を迎え、涙腺が緩くなったのか、中盤での1シーンやラスト20分で、涙が止まらなくなった。

 劇中、収容所内で野球をするシーンがある。主人公・山本幡男(二宮和也)が糸を巻いてボールを作ると、同僚が木を削ってバットを作った。山本の元上司は「慶応の4番」という設定だった。いつ、ダモイ(帰国)できるとも分からないなか、しばし、野球を通じて楽しみを分かち合った。

 前日21日はタイガースの初代主将で監督も務めた松木謙治郎の命日だった。松木は沖縄戦を経験し、捕虜となっている。阪神キャンプ地・宜野座にほど近い屋嘉の収容所での生活を経験している。「松本」と偽名でいたが、同じ捕虜に元阪神電鉄社員がいて見破られ、所内で開かれた野球大会の監督となった。負傷でプレーはできなかった。著書『阪神タイガース松木一等兵の沖縄捕虜記』(現代書館)にある。

 戦中、アメリカの日系人収容所内でも野球が行われている。日本人にとって、野球は希望の象徴だったことがわかる。

 映画では、氷点下40度になる厳しい冬が過ぎ、春になると、頭上に青空が広がった。強制労働の合間、1人が「シベリアにも広い空があるんだ。この空は日本にもつながっている」とつぶやく。

 第2次大戦中、ナチスの強制収容所生活を描いたヴィクトール・フランクルの『夜と霧』(みずず書房)を思った。被収容者たちは飢えやガス室で死ぬ運命だとわかっていた。だが、ある日、1人が飛び込んできて夕焼けの美しさを仲間に告げる。皆、外を見ると<暗く燃え上がる美しい雲>があった。数分間見とれ、誰かが「世界って、どうしてこうきれいなんだろう」と語りかける。

 極限状況で、シベリアの青空、ドイツの夕焼けに人は希望を見ていた。

 沖縄にいると戦争を身近に感じる。米軍基地はもちろん、あちこちに沖縄戦の戦跡に出くわす。その沖縄で野球ができる幸せを思いたい。希望の青空に白球が飛び交う。

 あす24日、ロシアのウクライナ侵攻から1年を迎える。=敬称略=(編集委員)

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2023年2月23日のニュース