【内田雅也の追球】「引き金」はどこにでも潜んでいる 糸井の魂も岩貞のミスも爆発につながった

[ 2022年9月22日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神4―10広島 ( 2022年9月21日    甲子園 )

<神・広>11回1死一塁、小園の投前送りバントを岩貞が一塁に悪送球(撮影・奥 調)
Photo By スポニチ

 敗戦後、約30分たった深夜11時前、糸井嘉男の引退セレモニーが始まった。阪神は勝利で飾ろうと奮闘したが、延長で敗れた。別れの式典はより悲しさを増した。

 決勝点は延長11回表。7番手で登板した阪神・岩貞祐太は投球も守備も乱れ大量失点した。1死から四球にバント処理を一塁悪送球。これで1死一、三塁とピンチを招いた。さらに四球で満塁。ここから3連続長短打を浴びた。悪送球はもちろん、四球もミスである。致命的な失点となった。

 <野球は予期せぬ瞬間に爆発する>と米作家、トマス・ボスウェルが書いている。野球に人生を投影したノンフィクションで、その名も『人生はワールド・シリーズ』(東京書籍)にある。

 <淡々と試合が進み、盛り上がる場面は断続的にしかやって来ないのは野球だけだ><そして、この爆発につながる可能性は、平穏な時間のあちこちに潜んでいる>。

 広島打線の爆発を招いた引き金は岩貞のミスだったわけである。

 この夜、阪神ファンがまず盛り上がったのは5回裏だった。回の始まる前、ベンチ前に糸井の姿が見えると沸き返った。

 そして、糸井はこの現役最後の打席で手本となる打撃を見せたのだ。広島先発・森下暢仁に4連続ファウルで粘った。フルカウントから外角速球を逆らわず、三遊間をゴロで破る左前打を放った。実に教訓的だった。

 糸井はそのまま一塁走者で残り、次打者の三ゴロに全力で駆けた。二封の際、スライディングで一塁送球を妨げた。

 ボスウェルは書いている。<年を重ねた選手だけが、プレイしているグラウンドが魂を円熟させる場所に変わることを実感できる>。プロ19年、41歳の糸井が感じた円熟の魂を選手も、ファンも見て感じていたのだ。

 2死後、近本光司が同じようにファウルで粘り、二塁前ボテボテゴロに疾走、内野安打とした。二塁手悪送球も誘い、1点を返した。6回裏には梅野隆太郎が左翼席に同点ソロを打ち込んだ。糸井の魂が引き金だった。

 湯浅京己の2回快投、前夜に逆転を喫した岩崎優の不屈の零封など見るべき場面も多かったが、痛恨の敗戦である。クライマックスシリーズ(CS)進出には残り4試合を全勝してどうかという状況。引き金はどこにでも潜んでいると肝に銘じたい。=敬称略=(編集委員)

続きを表示

2022年9月22日のニュース