【内田雅也の追球】「正直者」阪神・板山の打球を追う目に映っていたのは――希望ではないだろうか

[ 2021年10月15日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神3ー0巨人 ( 2021年10月14日    東京D )

<巨・神>3回、空振り三振に倒れるも一塁まで全力で走る高橋
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 映画『アルプススタンドのはしの方』は甲子園大会に出場し、1回戦を戦う野球部を応援席の片隅で見つめる、さえない4人の物語だ。

 もとは、兵庫県立東播磨高校演劇部の戯曲。映画は昨年7月に公開された。キャッチコピーは<そこは、輝けない私たちの ちょっとだけ輝かしい特等席。>。ちなみに東播磨は今春の選抜大会で21世紀枠として選出され、甲子園に初出場している。

 「しょうがない」とあきらめた演劇部や元野球部、帰宅部だが、試合展開とともに、いつしか熱を帯びてくる。リードされて迎えた最終回、同点、そして逆転への一打が右翼後方に舞う。アルプス席で4人が白球の行方を追う――。

 その目に映っていたのは――希望ではないだろうか。

 この夜の東京ドーム。最終回、板山祐太郎の一打が右翼後方に舞い、その行方をスタンドから目で追った阪神ファンと同じである。

 レギュラーシーズン、関東での最終戦だった。毎年、関東の猛虎党が集結する。例年ならば「今年もダメだったなあ」「来年があるさ」とあいさつを交わす。だが、今年はまだわずかに優勝への可能性を残している。そんな希望をつなぐ板山の一打だったのだ。

 春から夏、そして秋と2軍で過ごし前日1軍復帰。6年目、27歳の一撃は感動的だった。黒く日焼けした顔や太くなった首に努力の跡が見える。

 2軍監督・平田勝男や若い選手たちが決勝打を喜ぶ光景が目に浮かぶ。

 かつての2軍監督時代からよく知る監督・矢野燿大は打順が9回表に巡った時も「腐らずにやってきた。板山でいいかな」と「直感」があったという。その「直感」とは何だろう。

 「灰色」の阪急や「お荷物」の近鉄を球団創設初優勝に導いた西本幸雄の言葉を思う。負けても負けても愚直に練習を積んできた。「正直者がバカを見るような世知辛い世の中だけどな。努力していればいつか報われるということを証明したかったんや」

 板山の一打をベンチで目で追った高橋遥人はフェンス直撃に万歳していた。7回1安打零封で降板、勝利を祈っていた。

 3回表2死無走者の打席。空振り三振に一塁まで駆けていた。普通は走らない。三振で3死。次回は1番からの好打順。普通の投手なら、ほぼ無為に終わる振り逃げ出塁を狙ってのランニングなど無駄な体力は使わず、すぐベンチに帰っていただろう。次の投球に備えようとするはずだ。

 でも、この走塁が高橋なのだ。プロ初完封を飾った9月25日の巨人戦でも1―0リードの8回表1死の打席で左前打している。普通ならベンチから「三振」の指示が出てもおかしくないケースだった。

 ひたむきで愚直なのである。板山や高橋の姿を見ていれば「しょうがない」ことなどないのだと思えてくる。正直者はいつか勝つ、と思える勝利となった。 =敬称略= (編集委員)

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2021年10月15日のニュース