【内田雅也の追球】さびなかった十八番――また決めた、北條バスターエンドラン

[ 2020年6月3日 08:00 ]

練習試合   阪神3―2広島 ( 2020年6月2日    甲子園 )

<練習試合 神・広>5回、北條がバスターエンドランで左前打を放つ(撮影・平嶋 理子)
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 アメリカでピアノを習う少女が夏休み明け、弾いてみると、どうもうまくいかない。先生は「きょうはラスティだけど、次はもっとよくなるでしょう」と声をかける。

 ラスティは「さびた」という意味の形容詞だ。長い休みでさびがついているが、練習していれば次第に落ちていくものだと励ますわけだ。ハーバード大で24年間、日本語・日本文学を講義した日本文学者・板坂元の『何を書くか、どう書くか』(1980年・光文社)にあった挿話である。

 練習試合が再開され、阪神としては3月25日・DeNA戦(横浜)以来69日ぶりの対外試合だった。気になっていた「さび」はそれほどでもなく、安心した。

 なかでも書いておきたいのは北條史也の一打である。5回裏無死一塁、バスターエンドランで遊撃左を抜く左前打を放った。打ったのは外角高めのボール球で、右手をこねて、あえて引っ張ったのである。

 遊撃手・小園海斗が二塁カバーに動いており、その逆を突くゴロが転がって左前に抜けたのだ。ひょっとすれば、相手二遊間の動きを見て、ゴロを転がす方向を決めたのかもしれない。

 V9巨人の2番、土井正三はヒットエンドランの時、二塁カバーに二塁手、遊撃手どちらが入るのかを見た上、動いた方へゴロを転がした。1968(昭和43)年の日米野球で得意技を見せ、カージナルス遊撃手が「誰だ、日本人の目が縦についていると言ったのは!?」と漏らした逸話が残る。縦書き文化の日本人が横の動きを瞬時に追った技に驚きを込めた。

 同じ技を2004年の日本シリーズ第4戦(西武ドーム)で見た。無死一塁、中日・谷繁元信がフルカウントからの走者スタートで、外角変化球を引っ張り、二塁カバーに入った遊撃側に転がした。左前に抜け一、三塁とした。一緒にいた本紙評論家・仰木彬が「間違いなく野手の動きで狙い打った」と話した。断言できたのは自身も西鉄での現役時代に行っていたからだろう。

 ともあれ、北條の一打で無死一、二塁。3点目につながる好機拡大となった。

 実は、北條のバスターエンドランを書くのは今年2度目だ。3月22日のヤクルト戦(神宮)で<十八番の「5・5ホール」>と書いた。5・5ホールとはアメリカの俗語で三遊間のことだ。

 この時は5回表無死一、二塁で当初送りバントのサインから打者有利のカウント3―1となり、バスターに切り替えると、三遊間をゴロで抜いた。この日もバントで2ボールとなってから切り替えて成功したのだ。

 十八番(おはこ)としたのは歌舞伎の得意芸のように、板についているからだ。練習でも幾度か同じ光景を見ていた。

 江戸時代に人気を博した歌舞伎役者、5代目・市川団十郎は以下の名言を残した。「一日稽古を怠れば、自分が下手になったと思う。二日稽古を怠れば、相手役に下手がわかってしまう。三日稽古を怠れば贔屓(ひいき)筋に下手がわかる」

 たとえ得意技の十八番であろうとも、その精度を保つには稽古、つまり練習が必要なのだ。2カ月以上に及んだ自粛期間中、北條は技を磨いていたのだろう。さびつかぬように励んだ日々を思った。=敬称略=(編集委員)

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