高津ジュニア、大学最終学年への思い

[ 2019年12月7日 13:04 ]

公式戦初登板へ意気込む武蔵大・高津
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 【伊藤幸男の一期一会】今月1日、神奈川県横浜市内の慶大グラウンドで慶大―武蔵大のオープン戦が行われた。試合は1―1のまま終盤へ。8回、武蔵大は4番手としてヤクルト・高津臣吾監督(51)の長男・大嗣(3年=20)をマウンドへ送り込んだ。父と同じサイドスローからツーシーム、スライダーを駆使し。1回を無安打無失点。新チームとはいえ、明治神宮大会覇者を抑えた。首都大学リーグ登板こそないが、これで練習試合3戦連続無失点と結果を残した。

 地道な練習が実りつつある。一昨年の入学当時、直球の球速は110キロ前後。山口亮監督(36)と交わした目標は「スピードを125キロまで上げよう」。変化球主体の投球とはいえ、直球にキレがなければ打者は手を出さない。「先発は厳しいが、1イニングをしっかり投げてくれればチャンスはある」と山口監督。公式戦マウンドがおぼろげに見えてきた。

 小・中学時代は内野手。新潟明訓進学時から投手となり、自然に父と同じサイドスローに落ち着いた。「いざピッチャーやろうと思って気付いたら横手投げに…。小さい時、神宮によく応援へ行ったけど何でですかね?似てるっていわれちゃいますよね」。父とそっくりな顔で苦笑いした。

 東海大、日体大、筑波大など難敵ひしめくリーグで、自らの役割は理解している。「首都は(直球が)速い投手が多い。ボクがまともに戦っても勝負にならない。(チームのため)違うワンピースになりたい」。ただ野球を続けている以上、夢はある。「リリーフで大事なポイントを任せてもられば…。最後のイニングを投げ、力を発揮出来る投手になりたい」。日米通算313セーブの偉大な父とは比較にならなくても、大嗣は大学最終学年で小さな一歩を踏み出す。

 ◆武蔵大硬式野球部 1952年(昭27)創部。64年に東都大学リーグを脱退し、首都大学リーグに加盟。1部での優勝経験こそないが、今秋は東海大に次ぐ2位で関東地区大学選手権に出場。2回戦で城西国際大(千葉)に敗れ、明治神宮大会出場はなならかった。 

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