巨人・原監督1000勝達成 川上、長嶋に次ぐ球団史上3人目

[ 2019年7月31日 05:30 ]

セ・リーグ   巨人8―5広島 ( 2019年7月30日    東京D )

監督通算1000勝を達成した原監督はナインから贈られた記念額をかかげる (撮影・西川祐介)
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 巨人・原辰徳監督(61)が30日の広島戦で、監督通算1000勝に到達した。プロ野球史上13人目で、球団では川上哲治(1066)、長嶋茂雄(1034)に次ぐ3人目の快挙となった。02、03年と06~15年に指揮を執り、今季から3度目の監督に就任。これまで7度のリーグ優勝、3度の日本一を達成した名将が、「1勝」を積み重ねて大きな節目を迎えた。

 目は真っ赤だった。涙腺が緩んだのではないだろう。「勝負師・原辰徳」は目を充血させて策を練り、巨人の1勝をもぎ取った。

 それが通算1000勝目だったが「勝ち星を数えながら勝負をしたことはない。1勝目は強く覚えている。1の次は2。1の次が3」と独特の言い回しをした。初就任した02年に3連敗から始まった監督人生。「幸いにも、1勝の重みが4試合目で分かった。一つ勝つ大変さを最初に叩き込まれた」。だからこそ監督歴13年目の今感じる。「1勝目というのの次に(1000勝目を)重ねた」と。

 前回3連敗を喫し、9連勝中の広島との雪辱戦。7―1の8回に4点を奪われ「まだ脇の甘さがあるチーム」と、采配で引き締めた。3打点のゲレーロに代打・重信を送り、犠飛で1点追加。田中俊がカウント2―2になると、三塁走者の岡本に代走・増田大を送った。「ベンチに入っている全員が戦力」と1点への執念を見せた。

 自宅の一室にはスポニチ本紙の鉛版が飾られている。東海大相模2年時の1975年6月24日付1面。「やっぱり新聞の1面は憧れだった。その時は忘れられない」。新聞を読むことで王貞治、長嶋茂雄に触れ、巨人入りを夢見た16歳。夏の甲子園を目指した泥だらけの球児が「10年に1人の逸材・原」と紹介された。

 本紙1面を飾った日。父であり同校監督の貢氏(享年78)から「辰徳、おまえがスポーツ選手として認められた証だ」と言葉を掛けられた。5年後、東海大を経てドラフト1位で巨人に入団。1989年(平元)にはヤクルトとの開幕戦で「平成1号」。指揮官として、昨季までに947勝を積み上げた。

 「令和」が訪れる改元の瞬間。翌日に備えて就寝していた原監督は目を覚ました。起き上がり、神棚に手を合わせる。そして再び寝床に就いた。「昭和、平成と新聞に載ったから。令和はもういいかな」と笑ったことがあるが、新時代に再び「足跡」を残した。球団では川上哲治、長嶋茂雄に次ぐ3人目の快挙にも、「おこがましい」とだけ言った。

 指揮官としては異例のお立ち台インタビューを終え、記念Tシャツを着た選手、スタッフ全員から出迎えられた。花で作った額を手渡され、スタンド4万5000人と万歳三唱した。「朝になれば“今日どうやって勝つか”、夜になれば“明日どうやって勝つか”」と積み重ねてきた。

 セレモニー後のベンチ裏通路。青いシャツに着替えた原監督は、いつもの穏やかな表情で球場を後にした。「寝る時の心境は変わらないよ」。頭には5年ぶりリーグ制覇へ、次の1勝しかなかった。 (神田 佑)

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