「可能性があるなら」元巨人選手が会社を辞め2年連続トライアウトに挑戦 内職で家計支えた年上妻は…

[ 2019年3月2日 18:50 ]

巨人時代の高橋洸選手
Photo By スポニチ

 2017年シーズン限りで巨人を退団した高橋洸外野手(25)が、2日放送のTBS「バース・デイ」(土曜後5・00)に出演。2年連続でプロ野球12球団合同トライアウトに臨む苦闘の過程やその後について明かされた。

 日本文理高(新潟)時代に3度甲子園に出場した高橋は、俊足を武器に2011年ドラフト5位で巨人入り。だが、プロ入り後ケガに苦しみ、1年で育成選手に降格、1度も1軍出場を果たせないまま17年に戦力外通告を受けた。その後受けたトライアウトではどこからも声がかからず、いったんは社会人野球チームを持つ企業に就職。仕事優先で働きながら野球を続けるという道を選んだ。

だが、プロ野球選手に復帰するという夢が諦められず、3歳上の妻・志桜里(しおり)さん(28)と長男・浬(かいり)くん(1)を抱えながらトライアウト受験を目指して3カ月前に会社を退職。志桜里さんが子育てをしながらシール貼りや袋詰めの内職で家計を支える中、高橋は練習に励んだ。

 午前中は自宅近くの河川敷で2時間のランニングを行い、それから毎日相手を探してのキャッチボール。自慢の走力を鍛える階段ダッシュをしてからバッティングセンターで打ち込み、夕方はスポーツジムで下半身中心の筋力トレーニングに2時間かけた。さらにバッティングセンターへ戻って打ち込み、練習終了は夜中12時を過ぎることも。無給の状態でバッティングセンター、ジムと出費ばかりがかさんだが、すべてはプロ野球に復帰するという夫婦の目標のためだった。

 そして、迎えた2年連続での12球団合同トライアウト。合格者は毎年およそ1割という狭き門で、2度目の受験での合格者はこれまで1人もいない。それでも高橋は「100%落ちるわけじゃないじゃないですか。可能性があるんならやっぱりやりたい」と、妻子がスタンドで見守る中でトライアウトに臨んだ。しかし、思うような結果は出せず。夫を支えて来た妻は「やっぱり素敵ですよね、ユニホームって。まだまだ着続けてほしい」と願ったが、声がかかったのはプロ野球独立リーグ「BCリーグ」の信濃グランセローズだけ。トライアウトを受ける中でNPB復帰は正直厳しいと感じた高橋は1週間後「これで一応プロ野球選手に戻る夢は諦めようかなって…」と引退決意を妻に報告した。

 それでも諦め切れない妻は「BCリーグ行きたいなって気持ちがあるなら私は全然応援するけど」と食い下がったが、「いや、それは…しないかな」と高橋。「うれしかったけどね。去年はBCからもなかった。すごくうれしかったし、ありがたかった」と感謝しながらも肩を落とした。

 妻が引退を受け入れられないまま、さらに時間が経過。高橋はプロ野球への未練を完全に断ち切ったことを妻に伝えた。妻は「私が心配してるのは、洸くんが野球をやめるってことは夢を諦めるっていうこと。その時に後悔したりする方が怖い。もし家族のために諦めようって思ってるんだったら、朝昼晩と働いて家計を支えることもできるし」と提案したが、高橋の答えは「全然そんな家族がとかそんなんじゃなくて、俺自身が(野球は)もういいからさ」。妻は「そっか…」と夫の決断をようやく受け入れた。

 そして、高橋は約2カ月間の就職活動を経て今年2月25日に新しい職場が決まった。アスリートのケガ防止につながる機器の販売を行う「メディカリJP」という会社だ。同社の中野大地社長(32)から「仕事って信頼関係が多分一番。高橋くんやからっていうお客さんに、元プロ野球選手っていう高橋くんにしかできんことやと思ってるから」と声をかけられた高橋は「よろしくお願いします」と言って「アスリートライフパートナー」という新しい肩書が書かれた名刺を受け取った。

 正社員として採用された高橋は「僕自身、現役時代にたくさんケガをして、助けてくださった方も多かった。今度は自分がそういう風になりたいなって」。翌日、取引先に早速あいさつに出向き「高橋洸です。よろしくお願いします」と名刺を差し出した高橋。「家族を支えられるように頑張っていきたいです」と第2の人生に決意を述べ「楽しみの方が多いですね」と言い切った。

続きを表示

「大谷翔平」特集記事

「始球式」特集記事

2019年3月2日のニュース