【北埼玉】あと1人が牛島だった…上尾・仁村 9回2死、痛恨の1球

[ 2018年6月21日 08:00 ]

第61回大会1回戦   上尾2―3浪商 ( 1979年8月9日    甲子園 )

<上尾・浪商>9回2死一塁、牛島は左越えに同点2ランを放つ(投手・仁村徹)
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 【スポニチ社員が選ぶわが故郷のベストゲーム】この夏、全国高校野球選手権大会は100回目。ふるさとチームの甲子園での活躍に熱くなった記憶を、北北海道から沖縄まで、今夏の代表校数と同じ56人のスポニチ社員がつづります。

 名将・野本喜一郎監督に率いられて埼玉大会を突破した上尾は、抽選で大阪の名門・浪商(現大体大浪商)との対戦が決まった。「ええっ、最初から…。上尾はいいチームだけど浪商じゃ…」が私の本音だった。浪商の牛島&ドカベンこと香川のバッテリーは夏の目玉選手、優勝候補筆頭だった。

 しかし試合が始まるとエースの仁村徹のサイドスローからの直球、変化球がさえわたった。8回まで浪商打線を零封。一方、打線は牛島から初回に1点、6回に1点と少ないチャンスをものにして、勝利へじわじわと近づいていた。9回2死一塁までこぎつけた。さあ、あと1アウトでゲームセット。打席には牛島。仁村のカーブを捉えた打球はレフトスタンドに落ちた。同点2ラン。延長戦にもつれ込んだ試合は11回に浪商が決勝点をもぎ取り、上尾は1回戦敗退となった。両エースはともに完投し、仁村は113球で被安打8、5奪三振、牛島は145球で被安打5、12奪三振だった。

 仁村徹は埼玉県の野球好きなら知らない者はいない「レジェンド3兄弟」の次男。長男・薫は川越商(現市川越)から早大―巨人―中日。次男・徹は東洋大から中日入りし、三男・健司は上尾―東洋大―日通浦和と進んだ。父親は川越市の郊外で農業と養豚業をしており、駅前でやきとん「にむら」を営んでいたこともあった。薫の早大時代、夏の合宿地・軽井沢に豚をさばいて差し入れをしたことも。それほど息子たちに入れ込んでいた。家業は現在、薫が継いでいる。

 県勢はセンバツでは1968年に大宮工、2013年に浦和学院が優勝。“県民の悲願”夏の優勝は昨年、花咲徳栄によって成し遂げられた。

 ◆中村 年明(東京本社デジタル編集部)81年入社。埼玉県川越市出身。仁村兄弟の父親と実父が知り合いで、よく豚肉を頂戴して食べていた。早大時代は授業の合間に安部球場で野球部の練習を見学するのが日課だった。

 <埼玉データ> 

夏の出場 61回(通算67勝60敗)

最高成績 優勝1回(花咲徳栄=2017年)

最多出場 浦和学院(12)

最多勝利 花咲徳栄(11)

出場経験 23校、うち未勝利5校

 ※データは北埼玉、南埼玉を合算

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