ソフトB大隣が抱えた“爆弾” 一瞬を完全燃焼する男の生き様

[ 2016年11月16日 10:45 ]

ソフトバンクの大隣

 爆弾がまだ3つある。彼は平然と言う。その穏やかな表情から深刻さの度合いは伝わってこない。だが、医師からこうも告げられている。「もう一度、出たら野球はできない」。ソフトバンクの大隣憲司投手(31)が国指定の難病・黄色じん帯骨化症の手術を行ったのは、2013年の6月。もう3年以上、付き合っている。

 「また、出たときは出たとき、しょうがないっす」。そう、明るく言うと、記者に向かって「変顔」を見せた。周囲に心配をかけさせたくない、この男ならではの気遣いだと思う。

 検診は年に一度。手術した箇所以外に再発する可能性がある部分が3つある。黄色じん帯の骨化で胸椎の神経に当たることにより、たちまちしびれなどの症状などを引き起こす。今年10月の定期健診では「厳密に言えば(神経に)当たっているものもある」と医師に指摘されたグレーゾーンも存在し、プレーできなくなる日が訪れるのは今日か、数年先なのか、また、出ないままなのかは分からない。

 この難病にかかった投手で史上初の1軍での勝利をマークした14年には、クライマックス・シリーズ(CS)ファイナルステージ第6戦に中4日で先発し、7回無失点。勝利投手になった。日本シリーズでも1勝し「陰のMVP」と賞賛される。ただ「難病」と言われるのは、困難が何度もやってくるからだ。今シーズンは7月10日の楽天戦(ヤフオクドーム)で6回1失点で白星も、直球の平均は130キロ台の前半。1試合のみで大半は2軍暮らしだった。

 「切れがない。思っているように(体が)軸回転できなかった。いろんなトレーニングをやったけど合わなかったですね」と原因不明のスピード不足に悩んだ。明確ではないが、理由は想像がついた。近鉄時代に同じ難病を患った宮本大輔氏とプレーした高村2軍投手コーチ(現1軍投手コーチ)に「黄色じん帯骨化症をやった投手は体の回転に苦しむことがある」という話を聞いたからだ。「自覚症状はなくとも、影響が出た可能性もあるのか…」。逃れようのない運命でもあるとも悟っている。

 11月上旬、福岡県筑後市のファーム施設で練習する大隣を訪ねた。普段、ベテランは肩肘を休ませる時期にブルペン入りしていた。「健太郎の目慣らしもありますよ」。オフに戦力外通告を受け、現役続行を目指す猪本の調整役を買って出た。ただ、それは同時に自分のためでもあるように思う。「今はいい状態になりつつあります。うまいこと(来春に)キャンプインできればいい。もう、ラスト1年のつもりでやらないと若い投手もいますし、簡単にはローテーションに入れない」。その姿はつかみかけた感覚を忘れないよう、その一瞬、一瞬を完全燃焼する男の生き様に見えた。

 いつ、終えるかも分からない野球人生。ならば全力で駆け抜ける。マウンドに立つ背番号28を見る機会があるならば、彼の背負う運命も合わせ、声援を送ってほしい。(記者コラム・福浦 健太郎)

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