明大Vの隠れた要因 立大のタイムで善波監督「急に冷静になれた」

[ 2016年6月5日 07:02 ]

優勝を決めた明大ナイン

 今春の東京六大学野球は明大が5校すべてに1敗しながら10勝を挙げ、勝ち点5の完全優勝。3季ぶり38度目、史上初という“珍記録V”で幕を閉じた。

 優勝のポイントはどこだったのか。探っていくと、最後に優勝を争った立大との試合展開に隠されていた。第6週。立大はエース田村伊知郎(4年)の力投などで慶大に連勝。この時点で7勝3敗、勝ち点3で2位につけていた。一方の明大は早大に1勝1敗、7勝4敗、勝ち点3で早大3回戦を迎えることになった。翌週、立大との直接対決を控え、もし勝ち点を落としても、立大から勝ち点を奪えば優勝という条件になった。早大3回戦の勝ちが優勝への絶対条件ではなくなったのだ。仮に黒星となっても7勝5敗の勝ち点3。立大に勝てば勝ち点で上回り優勝が決まる。ここで明大・善波達也監督は前週の法大戦で3連投したエース柳裕也(4年)を休ませる決断をした。

 早大3回戦の先発に星知弥(4年)を指名。勝ち投手にはなれなかったが150キロ台の速球を武器に5回を3点で抑えた。この先発が「ある程度、星が使える手応えを得た」と善波監督の脳裏にインプットされた。

 早慶戦の前週に行われた立大戦。初戦はエース柳が完封、優勝に王手をかけた。第2戦、早大3回戦で手応えをつかんだ星を送り、6回に3ランを浴び敗戦投手となったが、5回まで1失点、落ち着いた投球で「使える」手応えは確信となった。

 3回戦は勝った方が優勝という大一番。再びマウンドに上がった柳が毎回安打を浴びながら決定打を許さない投球。6回裏、虎の子の1点を奪いこのまま逃げ切るかと思った7回に柳がつかまり同点。ベンチに戻った柳に善波監督が声を掛ける。「握力はどうだ?大丈夫か?」「大丈夫です。まだ行けます」。続投を確認して裏の攻撃に入った。簡単に2死となったが、1年生和田慎吾が死球で出塁。渡辺佳明(2年)が左前に運び一、二塁とチャンスは広がった。打順は8番柳。打ち気満々で打席に向かう背番号10を見送る善波監督。そのまま動く試合に立大ベンチからタイムがかかった。

 溝口智成監督がマウンドの田村の元に歩み寄る。この瞬間、ゲームにのめり込んでいた善波監督が我にかえった。

 「もしタイムがかかってなかったら、続投も確認していたし柳がそのまま打席に入ってましたね。溝口さんがタイムをかけてくれて、急に冷静になれたというか、整理できた。ここで勝負をかけないと後悔すると思ったんですね。田中武宏コーチからも(代打の)宮崎の準備は出来てますと聞いていましたし、柳に勝負をかけるからと説明もできた。そして、もし代打がダメでも、早大戦での投球を見て短いイニングなら星で行けると思ってました」

 柳に代えて代打宮崎新。履正社から入学して3年。1メートル67と小柄な左打者だが「代打の切り札」と信頼を置いていた。「ベンチで見ていたら、柳が宮崎に声をかけて送り出してくれてました」

 結果はバットを折りながらも中前に決勝打となるタイムリー。その後も1点を加え、星が2イニングをピシャリと抑えてマウンドに歓喜の輪ができた。

 優勝のかかった試合。しかも同点。2死から思わぬピンチを迎えたら、どこの指揮官もマウンドに向かい投手を激励するだろう。この日の田村は3連投だったから、なおさらだ。しかし、明大側から見れば、このタイムが善波監督に冷静さを取り戻させ、柳に代打を送るという“勝負手”を選ばせた。慶大戦に立大が連勝しなければ、勝率も絡む戦いとなり、早大3回戦に柳を先発で起用したかもわからない。今だから言う。「星を使えたのが大きかった」。

 ある意味、究極ともいえる10勝5敗(1分)の完全優勝。今から33年前、善波監督が明大3年生のときに聞いた言葉がよみがえる。当時、島岡吉郎監督の補佐をしていた大渓弘文助監督が捕手・善波をつかまえて、こう伝えた。「なあ善波、リーグ戦というのはな1敗出来るんだ。その1敗を3回戦にどう生かすかなんだ。だから3回戦に負けないのが粘り強いチーム。5敗しても10勝して優勝する、それが究極のチームだ」

 「あの言葉でボクのリードの幅が広がりましたね。それまで、全部勝たないとと必死でしたから。まさかね、監督になってそんな試合が出来るなんてね」先発メンバーも日替わり。決して強いとはいえないチームが成し遂げた“快挙”。いろんな要素が重なり合って明大は天皇杯を獲得した。(特別編集委員 落合 紳哉)

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2016年6月5日のニュース