タフネス左腕の島袋「甲子園は最高の場所」

[ 2010年4月3日 16:00 ]

11回裏日大三無死一塁、鈴木(左)の送りバントを二封に仕留める興南・島袋

センバツ最多安打のタイ記録 2人一気に達成

島袋12回投げぬいた!興南がセンバツ初制覇

 【興南10―5日大三】最後の打者を左飛に打ち取ると、興南の選手たちがマウンドの島袋に駆け寄った。観客席からは初優勝をたたえる指笛が鳴りやまない。歓喜の輪の中心に立ったエースは「甲子園は最高の場所です」と笑顔を輝かせた。
 二回に自らのけん制悪送球で2点を与え、三回と六回は真ん中に入った直球を本塁打された。「1試合に2本は記憶にない」と言う痛恨の失投。だが、そこからの粘りが大会ナンバーワン左腕の真骨頂だ。七回以降は1安打に抑え、我喜屋監督に「気持ちが折れるかと思ったけど、そういうところがまったくなかった」と言わしめた。
 2年生エースだった昨年の春夏は、いずれも終盤に失点して1回戦で敗れた。その悔しさから、投球の際に全体重を預ける右脚だけで石段を上がるなど、強化してきた成果を発揮した。
 準決勝まで491球を投げ、決勝も198球の熱投だったが「疲れは感じていない」と言い切る。序盤から140キロ台をマークしていた球威は延長に入っても落ちなかった。課題の終盤も、5試合を通して七回以降の失点はゼロ。「成長した姿を見せたのが甲子園だと思う」と胸を張った。
 沖縄から甲子園初出場は1958年夏の首里。春は60年に那覇が初めて出場してから50年の節目の年。「嘉手納と2校同時出場していたし、沖縄のファンは優勝の二文字以外は許してくれないと思っていた」。絶対的なエースを中心にして紫紺の優勝旗をつかみ、我喜屋監督は穏やかな笑みを浮かべた。

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2010年4月3日のニュース