ノムさん“世界初”W3000試合出場

[ 2008年7月16日 06:00 ]

<日本ハム・楽天>3000試合を達成した野村監督だったが、追いつかれての引き分けに疲れた感じを漂わせていた

 【楽天4―4日本ハム】前人未到の金字塔も白星なしでは…。楽天・野村克也監督(73)は15日、日本ハム戦で指揮を執って通算3000試合目の大台に到達。同監督は選手としても3017試合に出場しており、大リーグでも例がない史上初の「3000&3000」を達成した。しかし、試合は中継ぎ陣が踏ん張れず9回、同点にされると延長12回でも決着がつかずドロー。連敗脱出はならず、指揮官の喜びも半減した。

 ひっそりと咲く“月見草”らしかった。メモリアルゲームで延長引き分け。監督通算3000試合目が74度目の引き分けとなった野村監督は、苦笑いを浮かべて自ちょう気味にぼやき始めた。
 「貧乏性にふさわしいゲームだな。負けなくてよかったね。今は打線に全然、活気がないからどうしても投手陣に負担が行く。投手陣はよく頑張ってくれた。まだまだ、戦える軍団じゃないね」
 先発・長谷部が6回途中3失点とまずまずの投球。だが9回2死走者なしから暗転した。5番手の川岸が代打・稲葉に中前打されると小田、森本と3連打で同点。白星まであとアウト1つが、皮肉にもヤクルト時代の教え子の一打で消えた。「稲葉の動きを見ていると相当、腰が痛そう。それを楽なアウトコース一辺倒。あそこから結局同点。とにかく弱気。(捕手の)藤井さんは、顔に似合わず優しいわい」。バッテリーの攻めの甘さが生涯一捕手には、歯がゆくてしようがなかった。
 選手での3017試合出場に加えての「3000&3000」は大リーグにもない“世界初”の偉大な記録だ。「選手の最初の試合は代打。初めてのスタメンマスクは3年目の後楽園だったな」。東京ドームでの達成に感慨深げだったが、実は選手での初スタメンはプロ1年目の54年7月13日の近鉄戦で大阪球場。記憶が薄れるのも無理はない。プロ生活54年、半世紀以上をかけた大記録。「監督業っていうのはこちらからお願いしてできない。球団が決めること。評価していただいたことは、お世話になった各球団に感謝している」としんみり振り返った。
 執念の7人継投でも連敗は止まらず正念場は続く。「はぁ、楽になりたい。ふうー」と苦しい胸中を大きなため息に込めた。それでも情熱は消えていない。「楽天が(監督)最後になると思うけど、今のところ恩返しができていないので心苦しい。残り何十試合で恩返ししたいんですけどね」。まだ通過点。老将は3001試合目からも勝ちにこだわり続ける。

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