【スノーボード】日本勢ワンツー、木俣椋真が銀!「最後のチャンス」と懸けた舞台で快挙の一翼

[ 2026年2月9日 05:31 ]

スノーボード男子ビッグエア決勝 ( 2026年2月7日    リビーニョ・スノーパーク )

<ミラノ・コルティナ五輪 男子ビッグエア決勝>金メダルの木村葵来(左)と銀メダルの木俣椋真(撮影・小海途 良幹)
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 スノーボード男子ビッグエア(BA)決勝は7日、リビーニョ・スノーパークで行われ、木村葵来(きら、21=ムラサキスポーツ)が計179・50点で、今大会日本人初の金メダルを獲得した。2位には計171・50点で木俣椋真(23=ヤマゼン)が入り、日本勢がワンツーフィニッシュ。日本勢の男子BAでのメダル獲得は史上初となった。

 横5回転半技を2本そろえた木俣は2回目を終えて171・50点でトップに立った。木村に抜かれて2番手で迎えた最終3回目。会場の全ての視線が注がれた木俣が選んだのは、実戦で一度も出したことがないバックサイド2160(6回転)だった。「練習してないし、立ったら立ったでいいし、コケても別にいいかな、みたいな」という大技は失敗したが、見事な銀メダル。金メダリストには「ウザいね、って声をかけて、俺の勝ちーって(言われた)」と直後のやりとりを明かした。

 3歳でスノーボードを開始。当初はハーフパイプに取り組んでいたが、ジブ(障害物)を滑る楽しさに触れ、中2でスロープスタイル・ビッグエアに転向した。かつての練習仲間で今大会は銅メダルを獲得した蘇翊鳴(中国)らと切磋琢磨(せっさたくま)し実力を伸ばしたが、22年北京五輪はあと一歩で代表入りならず。翌シーズンは強化指定から外れることになり、「やめようかな」と気持ちは引退へと傾いた。

 全額自己負担となる1シーズンの遠征費用は約1000万円。この金額も現役続行をちゅうちょする理由の一つだったが、父・慎也さん(46)や所属のヤマゼンの山崎涼介社長から物心両面のサポートを受け、4年後も目指すことを決意。同シーズンの世界選手権では、スロープスタイル男子で日本人初の表彰台となる2位に。その後も「何も達成せずに終われないな」との一心で、メダリストへと上り詰めた。

 「代表で一番ヘタ。それは自覚している。ただ思いは強い」と語っていた木俣。昨年3月の世界選手権では2回目に転倒し、口や鼻から出血した状態で、3回目に逆転して金メダルを獲得。他の選手が成功している6回転半や6回転技を持っていなくても、「年齢的にも最後のチャンス」と人生を懸けた舞台で、歴史的快挙の一翼を担った。

 《父は「必勝」鉢巻き》木俣の父・慎也さんは「必勝」鉢巻きで会場で声を張り上げた。海外で息子の試合を観戦するのは初めてで「おめでとうの言葉しかない。僕もめっちゃ緊張した」と興奮。木俣にメダルを首からかけてもらい、照れくさそうに笑った。

 【木俣椋真アラカルト】
 ☆生まれとサイズ 2002年(平14)7月24日生まれ、名古屋市出身の23歳。享栄高卒。1メートル70。
 ☆競技歴 3歳でスノーボードを開始。小1の頃に五輪に憧れを抱き、当初はハーフパイプに取り組んだが、中2の頃にスロープスタイル(SS)ビッグエア(BA)に転向。19~20年シーズンにはBAでユース五輪、世界ジュニア選手権を制覇。23年にはSSで世界選手権2位、昨年はBAで世界選手権を制した。
 ☆復活 22年北京五輪代表を逃した後、翌22~23年シーズンは全日本スキー連盟の強化指定を外れ、活動資金が枯渇。それでも両親やスポンサーの支援を受け、1シーズンで復帰した。
 ☆趣味 ゲーム。海外遠征では任天堂スイッチを必ず持っていく。ルービックキューブやけん玉といったアナログ系も得意。ルービックキューブは「30秒を切るくらいで(6面)そろえられる。200通りくらい(のそろえ方)を覚えている」。

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