内村 3・12異例の引退演技会 究極のオールラウンダー、個人総合6種目完遂へ「最後をしっかり見て」

[ 2022年1月15日 05:30 ]

フォトセッションで笑顔を見せ、報道陣に向かって手を振る内村(撮影・木村 揚輔)
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 体操男子の個人総合で12年ロンドン、16年リオデジャネイロと五輪連覇するなど、キングとして君臨した内村航平(33=ジョイカル)が14日、都内で引退会見を行った。3月12日には、自身らがプロデュースする異例の引退演技会「KOHEI UCHIMURA THE FINAL」を東京体育館で開催。こだわってきた個人総合の6種目を演技し、競技人生の終止符と新たな一歩を刻む。

 大きな区切りの日を迎えても、特別な感情はなかった。11日の引退正式発表から3日。紺のスーツに身を包んだ内村がマイクを握る。「ただただ、引退するんだな、みたいな感じで。あまり実感は今のところない」。無数のフラッシュを浴びたキングは、これまでの競技人生を振り返るだけでなく、未来を見据えていた。

 個人総合の五輪連覇など、全ての体操選手がうらやむキャリアを歩んできたが、最終章でも伝説を残す。ライバルと争う競技会は生まれ故郷・北九州での昨秋の世界選手権が最後となったが、3月12日にエキシビションの引退演技会を実施。マネジメントを手がけるスポーツコンサルティングジャパンが主催する「KOHEI UCHIMURA THE FINAL」が、内村の花道となる。

 「引退会見をやっているけど、本当の引退は3月12日。自分の最後をしっかり見ていただいて最後にしようかなと思っている。体操選手が引退する時に最後の舞台をやった選手がいなかったので、自分でつくって、やる」

 床運動、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒、鉄棒の6種目トータルで競う個人総合で、五輪連覇を含む8年連続の世界一。深刻な両肩痛を考慮し、東京五輪に出場するため20年2月に種目別の鉄棒に絞ったが、「6種目やってこそ」の思いは、今も持ち続けている。だから、覚悟を決めた。

 「東京五輪の代表になるより苦しいことをしないといけないので憂鬱(ゆううつ)。全身痛い体にムチを打って6種目やろうかなと思っている。最後、鉄棒だけやって終わるのも、自分が自分じゃない気がする」

 16年12月に日本体操界初のプロに転向。新たな選手像を確立する中、心残りがあった。自身の冠大会「KOHEI UCHIMURA CUP」を20年2月に開催予定も、新型コロナウイルスの感染拡大で中止に。今もオミクロン株の脅威により予断を許さない状況だが、諦められない。後輩に、引き際の選択肢を示したいから。

 「引退していく選手たちには、これをスタンダード、目標にしてもらいたいというのもある。これだけ結果を残して体操やっていけたら、これだけできると伝えたかった」

 花道となる舞台まで、あと2カ月。自分に、ファンに恥じない演技をするため、キングは真摯(しんし)に汗を流す。

 「引退演技会は、終わりでもあるし、始まりでもある。演技としては最後にはなるけど、人生で考えるとスタート。次につながるような舞台にしたい」

 体操選手、内村航平として。これからも体操と生きる、内村航平として。キングは刻む。美しいエピローグと、美しいプロローグを。

 ◇内村 航平(うちむら・こうへい)1989年(昭64)1月3日生まれ、福岡県北九州市出身の33歳。長崎県諫早市で3歳の時に体操を始め、五輪初出場の08年北京大会で団体総合、個人総合の2種目で銀メダル。09~16年に個人総合で2度の五輪制覇を含む世界大会8連覇を達成し、16年12月に日本体操界初のプロに転向した。五輪4大会連続出場は体操ニッポン史上2人目。1メートル62、52キロ。

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