松山、史上初7人の銅メダル決定戦も73ホール目で… 3位タイでプレーオフ突入も1H目で脱落

[ 2021年8月2日 05:30 ]

東京五輪第10日 ゴルフ男子最終日 ( 2021年8月1日    埼玉 霞ケ関CC東C=7447ヤード、パー71 )

18H、決めれば銅メダルのバーディーパットを外して天を仰ぐ松山英樹(撮影・北條 貴史)
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 マスターズ王者の松山英樹(29=LEXUS)の日本ゴルフ界初の五輪メダル獲得はならなかった。1打差2位から出て5バーディー、3ボギーの69で回り、通算15アンダーで3位タイでホールアウト。銅メダルを懸け、7人による五輪史上初の壮絶プレーオフ1ホール目で敗れた。7月2日に新型コロナウイルス感染が判明。復帰初戦で体調も万全でない中、最後までメダルを争う意地を見せた。ザンダー・シャウフェレ(27=米国)が金メダルを獲得した。

 ゴルフ史に残るであろう7人によるプレーオフ1ホール目。入れなければ敗退となる5メートルのパーパットが右にそれた。メダルを逃した松山は一切表情を変えず、悔しさを押し殺した。メジャー覇者としてメダルへの期待を一身に背負い戦った、73ホール目だった。

 「期待に応えられずに残念。結果が全てなので、メダルを獲れなかった以上は何の評価もない。獲りたい思いが強かったので、悔しさしか残らなかった」

 1打差で出ると、前半で5打差まで引き離された。それでも諦めない。11、12、14番とバーディーを奪い、1打差まで迫る。だが、15番で1メートルのパーパットを外して流れが変わった。最終18番では決めれば銅メダルが確定する3メートルのパットが右にそれて天を仰いだ。

 最後のメダルを懸けたプレーオフは7人が通算15アンダーで並び、2組に分かれる異例の展開。第2組に入った松山は、1ホール目の18番パー4を第1組の4人全員がパーで上がった後に、2打目でピンを狙った。しかしボールは無情にもグリーン左の深いラフに埋まり、力尽きた。「追いつき追い越せる雰囲気も感じながら、最後がうまくいかず課題を感じた」と唇をかんだ。

 昨年12月13日。帰国していた松山は、テレビ画面にくぎ付けになった。柔道男子66キロ級の五輪代表決定戦。阿部一二三と丸山城志郎の死闘だった。「2人がそんなに懸けている五輪って凄いんだろうな。僕もああいう気持ちになるために、五輪を経験したい」。前回のリオはジカ熱の流行を受けて辞退。それだけに母国での五輪に強い思いを持っていた。

 先月2日に新型コロナに感染。帰国した時には後遺症の頭痛もあった。だけど弱音は吐かなかった。感染後の丸山茂樹ヘッドコーチからの2度の電話にも「大丈夫です」と返した。日本ゴルフ界を背負う責任感からだ。メジャーになく五輪にしかないもの。「金メダルを獲ったら、ゴルフに興味がなかった人も見てくれる。だから、獲りたい」。その思いが、1カ月ぶりの復帰戦で、真夏の4日間を戦い抜く力になった。

 2日には渡米し、5日開幕のWGCセントジュード招待に備える。「4年に一度なので結果を出したかったが、そうはならなかった。それでも経験できたことは良かった」。メダルには届かなかったが、最後まで戦い抜いた姿は、感動を届けたはずだ。

 ≪NHK中継打ち切りに苦情殺到≫NHKがプレーオフ途中で中継を打ち切り、視聴者を失望させた。1ホール目で松山がパーパットを外して脱落が決まると、映像がスタジオに切り替わった。銅メダルを決める死闘をカットしたばかりか、元NHKアナウンサーでフリーの工藤三郎氏が打数を勘違いし「マキロイが銅メダル」と間違った情報を流した。桑子真帆アナウンサーが訂正したが、ネット上では「最後まで見たかった」「7人なんてめったにないこと。大失態」など苦情の書き込みが殺到した。

 ≪ツアー制前は6人が最多≫五輪のゴルフでプレーオフが行われるのは今回が初めて。プレーオフ進出者7人はもちろん史上最多となる。なお国内女子では、ツアー制度施行前の84年美津濃ゴルフトーナメントで6人によるプレーオフが行われ、小田美岐が優勝したケースがある。ツアー制度施行後は90年徳島月の宮レディース、00年日本女子プロ選手権の5人が最多。国内男子ツアーでは19年ANAオープンの5人が最多で、この時は浅地洋佑が1ホール目で決着をつけて優勝した。

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