米国の大学男子バスケ界を襲った収賄事件 巨額の金が動く闇の世界

[ 2017年10月20日 10:30 ]

ルイビル大を解雇された男子バスケットボール・チームのピティーノ前監督(AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】リック・ピティーノ氏(65)という人は、米国のバスケットボール界では実に優秀な監督だった。

 今、それを「過去形」で語らなければならない。ルイビル大が16日に同氏を正式に解雇し、おそらく二度とスポーツ界には戻ってこないだろうと言われているからだ。

 NBAのニックスやセルティクスでも指揮官を務め、男子バスケットボールのNCAAトーナメント(全米大学選手権)ではケンタッキー大とルイビル大時代を含めて2度優勝。大学通算では769勝269敗(勝率・741)という素晴らしい好成績を残し、ルイビル大では昨季25勝9敗だった。「彼に任せておけばチームは常に頂点を目指せる位置にいる」というのが大方の評価。しかし、ついにこの華やかな世界からの“退場”を事実上、宣告された。

 米国の大学男子バスケ界は先月、収賄事件で注目を集めた。スポーツ用品メーカーの大手、アディダス社が“青田買い”で目をつけていた高校生選手を、用具契約を締結している強豪大学に入れるためにアシスタントコーチ(AC)に賄賂を渡していた事実が発覚。選手の家族には指定した大学の入学を認めさせるために、同社が10万ドル(約1130万円)を支払っていたことも明らかになった。

 これまでと違った注目を集めたのは、これが全米大学体育協会(NCAA)の調査ではなく、米連邦捜査局(FBI)による逮捕、つまり「規約違反」ではなく「犯罪」としてとらえられたからだ。すでに4人のACとアディダス社の幹部1人を含む10人が逮捕されており、捜査対象のひとつになっていたルイビル大は9月27日にピティーノ氏を休職扱いにしていた。

 ピティーノ氏は2001年にルイビル大の監督に就任。契約はあと9年残っていてその年俸総額は4400万ドル(約50億円)に達するが、大学側としては今季の開幕を無事に迎えるために、やがてふりかかってきそうなコート外のトラブルを事前に回避しておきたかったのだろう。

 そもそもルイビル大はもっと早く指揮官を替えておくべきだった。ピティーノ氏は2015年10月に発覚した「セックス・スキャンダル事件」の責任を問われて今年6月にNCAAから5試合の出場停止処分を科せられたばかり。この事件はチームスタッフの1人が2010年から14年までの間、学生寮で選手とセックスさせるために女性を雇ったという信じられない出来事で、NCAAはこの間のルイビル大の成績(通算123勝)を抹消。2013年の全米王座もはく奪された。

 それでも彼にこだわったのは、知名度と才能、そしてその絶大な権力ゆえに各地から集まってくる有能な高校生とスポンサーからの資金ではなかったか…。そんな思惑がこの事件には見え隠れしている。

 日本からも渡辺雄太(ジョージ・ワシントン大)、八村塁(ゴンザガ大)、テーブス海(北カロライナ大ウィルミントン)、シェーファー・アヴィ幸樹(ジョージア工科大)らが一部校に在籍しているNCAA。アマチュア・スポーツ界でありながらNCAAトーナメントの放送権料は2010年から32年までの22年間で総額196億ドル(約2兆2148億円)に達しており、まさに巨大ビジネスだ。

 ピティーノ氏がもし、今季ルイビル大を率いていたら基本給は510万ドル(約5億7000万円)だったし、更迭されたあとに暫定監督となったACの年俸でさえ40万ドル(約4500万円)。金が動いて当たり前の世界が人間の理性と常識をねじ曲げた…。そんな思いをどうしても抱いてしまう。

 AP通信はFBIが捜査に乗り出した収賄スキャンダルを受け、強豪チームとして知られる84の大学に「内部で、もしくは第三者を入れてあなたの大学を調査してみますか?」という質問状を送付。回答したのは64校で「調査する」と答えたのは28校だった。そもそもクリーンであると自負する大学は回答しないか「NO」としたはず。ただ、たとえそうであってもNCAA全体の透明性を高めるためには回答数と「YES」はもっと多くてもよかったのでは?選手、大学、コーチ、代理人をめぐる裏金問題はフットボールを含めて過去にもいろいろあったが、FBIによる広域捜査にまで及ぶことはなかっただけに“身体検査”の必要性を問う声は各方面に広がっている。

 今季の開幕は11月10日。大きな課題と問題を抱えたまま、NCAAの新しいシーズンが始まろうとしている。(専門委員)

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市小倉北区出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。スーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会に6年連続で出場。

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