仲裁→再レースの苦難乗り越え…武田&浦 五輪決めた!

[ 2012年4月30日 06:00 ]

ボートのロンドン五輪アジア予選で、男子軽量級ダブルスカルの五輪代表に決まった武田大作(左)と浦和重

ボート ロンドン五輪アジア予選最終日

(4月29日 韓国・忠州)
 仲裁を経て異例の再レースで男子軽量級ダブルスカル代表となった武田大作(38=ダイキ)、浦和重(36=NTT東日本)組が決勝で1位となり、武田は5大会連続、浦は3大会連続の五輪代表となった。女子シングルスカルでは18歳の榊原春奈(早大)が1位、同軽量級ダブルスカルの福本温子(23=明治安田生命)岩本亜希子(33=アイリスオーヤマ)組が1位で、五輪出場を決めた。

 ゴールをこぎ抜けると、武田は艇の上で静かに浦と握手を交わした。3位以内が条件だったが、後続に6秒以上の差をつける圧勝で五輪出場を決め「ホッとしている。絶対はないと思っていたので」と率直な思いを口にした。

 仲裁の末、再レースで代表に決まったのは今月6日。急仕上げが影響し、武田は腰、浦は左脇腹に不安を抱えていた。武田は「万全ではなかったので、とにかく“確実に”という言葉が頭にあった」と振り返る。それでも、こぎ始めれば格が違った。

 昨年11月の最終選考会で十分な実力を示した2人だが、不可解な基準で代表から外れた。武田は「ボートをやめようという気もあった」と明かし、浦は「五輪は自分とは別のものと言い聞かせた」という。武田を仲裁に向かわせたのは「強い人が五輪に行くべきだ」という単純明快な信念。この思いを受けた浦も「闘争心が復活した」とオールを握った。

 このコンビで臨んだ五輪はアテネで6位に入賞したが、北京は浦がぜんそくになり13位に終わった。文句なしの実力で悲願のメダルへの挑戦権をつかみ取った武田は「五輪の借りは五輪で返さないといけない」と強いまなざしで言い切った。

 ▽ボート代表選考問題 昨年11月のアジア予選代表の最終選考会は、候補選手6人がペアを代えながら10レースを行い、当初は平均タイムの上位2人を選出する方式で、浦1位、武田2位だった。だが、最下位だった選手と組んだレースを除外した平均タイムで選出する方法に変更され、武田3位、浦4位で落選、須田、西村組が選出された。今年2月2日に武田が日本スポーツ仲裁機構に仲裁を申し立て。同機構は「著しく合理性を欠く」として、日本ボート協会に選考結果の取り消しを命じた。3月6日に須田、西村組と武田、浦組でマッチレースによる再レースが行われ、武田、浦組が2戦先勝し逆転で代表入りした。

 ◆武田 大作(たけだ・だいさく=ボート男子軽量級ダブルスカル)五輪は96年アトランタ大会から4大会連続出場。最高成績は00年シドニー、04年アテネ大会の6位。愛媛大大学院出、ダイキ。1メートル78、70キロ。38歳。愛媛県出身。

 ◆浦 和重(うら・かずしげ=ボート男子軽量級ダブルスカル)武田大作と組んで04年アテネ五輪で6位、08年北京五輪は13位。日大出、NTT東日本。1メートル80、70キロ。36歳。福岡県出身。

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