【コラム】金子達仁

圧倒された後半 危険な「兆候」は「症状」に変わった

[ 2019年1月23日 06:00 ]

<日本・サウジアラビア>前半20分、先制ゴールを決める冨安(撮影・小海途 良幹)
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 衝撃を受けている。

 過去、サウジアラビアに苦杯を喫したことは何度かあった。手を焼いた、ということであれば数えきれないほどある。だが、これほどまで一方的に押し込まれたことはなかった。勝ったのは日本だが、敗れたサウジの選手たちは、近年我が国に対して抱いていたコンプレックスを大幅に拭い去ったことだろう。

 準々決勝進出の代償として、日本は大きなものを失ったのかもしれない。

 大迫がいない。よって、前線でボールを吸収してくれる選手がいない。中島もいない。よって、高い確率で局面を打開してくれる選手が減った。乾も本調子ではない。となればボール保持率の争いで劣勢に立たされることはある程度予想できた。

 だから、前半の戦いについては納得もいく。ボールは回されても、肝心なところに入ってきたら牙を剥(む)く。サウジからすれば、チャンスをつくろうとする行為は虎の穴に手を突っ込む行為のようにも思えたことだろう。

 だが、後半の戦いは違った。雌伏して好機を待つ戦い方ではなく、純粋に圧倒されただけの45分間だった。最終ラインの選手はもちろん、途中からは中盤の選手でさえボールをつなぐという意志を放棄し、ただ前線、もしくはタッチラインにクリアするだけになってしまった。

 まるで、80年代の日本代表がそうだったように。

 もっとも、アジアの中でも強豪とは言い難かったあのころの日本代表は、そういうやり方でしか自分たちに勝機がないことを知っていた。そのため、体力と集中力だけは最後まで続くことが多かった。

 ところが、普段相手にボールを回されることになれていない現代の日本代表選手たちは、後半の途中で明らかなガス欠を起こしてしまっていた。本来の用途とは違った形でエネルギーを消費させられたのだから無理もない。

 苦しみ抜いたことで、それも試合を無失点で終えたことで、チームに勢いがつくはずだ、と見る人はいるだろう。確かに、最終ラインの選手にとっては手応え、やりがいのある試合だっただろうが、果たして前線の選手にとってはどうか。南野は、堂安は腸(はらわた)が煮えくりかえる思いをしていてほしいし、そうでなければ期待も萎える。

 およそボールポゼッションを大切にするチームとは思えない戦い方は、オマーン戦の後半から散見されるようになった。わたしはそれを「危険な兆候」と書いたが、ここにきて「兆候」は「症状」に変わった。

 次の相手はベトナム。ここでの戦い方次第では、日本代表は昨年わたしが思い描いていたものとはまるで違う方向に進路をとることになるかもしれない。

 間違いなくいえるのは、内容でサウジを圧倒できなかった、というより圧倒されてしまった以上、そしてその姿をアジア中に見られてしまった以上、日本が威信を保つには王者になるしかない、ということである。

 鍵となる選手の不在が、不本意な戦いにつながってしまっている部分はあるだろう。それでも、選手たちには結果だけでなく、内容でも他を圧する戦いぶりを期待したいのだが。(金子達仁氏=スポーツライター)

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