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【コラム】金子達仁

万が一クロアチアが優勝すれば…歴史はひっくり返る

[ 2018年7月13日 13:30 ]

ロシアW杯準決勝   クロアチア2―1イングランド ( 2018年7月11日    モスクワ )

延長に向けて、指示を出すクロアチア代表ダリッチ監督
Photo By ゲッティ イメージズ

 W杯は、勝ったことのないものには勝てない大会だと信じてきた。

 優勝経験のない国が決勝で勝つためには、大会を自国で開催するか、勝ったことのない相手と戦うしかない、というのは歴史的な事実である。イングランドやアルゼンチン、フランスは地元開催で初戴冠の喜びを味わい、南アフリカで初優勝を遂げたスペインの相手はオランダだった。

 この法則が健在だとすれば、今大会のチャンピオンはフランスで決まりということになる。いや、仮に法則を考えなくても、3試合続けて120分を戦ったクロアチアが、しかもフランスよりも休みが1日少ないクロアチアに優位性を見いだすのは無理がある。

 だが、今大会はあまりにも常識はずれの出来事が多すぎた。ドイツが1次リーグで敗退する、それも最下位で敗退するなどと予想できた人がいただろうか。ブラジルはベルギーに敗れ、アルゼンチンはフランスに撃ち負けた。アジア勢が計4勝をあげたのも、驚くべきことである。

 そもそも、クロアチアの決勝進出自体が、前代未聞、空前絶後の快挙である。

 準決勝までなら、いわゆる大国でない国が駒を進めたこともあった。クロアチア自体、20年前のフランス大会では3位に輝いているし、ブルガリアやトルコ、ベルギーといった国々にも4強入りの経験はある。

 だが、そこから先の一歩を踏み出せた国はいなかった。決勝を戦うのは、常に大国同士だった。第1回大会を地元で制したウルグアイをのぞけば、サッカーだけでなく、人口や経済、歴史などで地域をリードしてきた国ばかりだった。

 クロアチアの人口は、国連加盟国中114位、大阪府の半分程度にあたる440万人である。国土の広さは123位の5万6000平方キロメートル。かくも人口の少ない、かくも国土の小さな国がW杯の決勝までたどりついたことは、ウルグアイ以外なかった。

 普通に考えれば、フランスの有利は動かない。ただ、あまりにも不利な条件が揃(そろ)いすぎているだけに、スタジアムの観衆は、テレビを通じて見守る視聴者は、クロアチアに肩入れして見守るような気がする。果たして、その空気感が、どう影響するのか。

 もし、ひょっとして、万が一クロアチアが勝つようなことがあれば、これはもう、W杯の歴史がひっくり返るような世紀の大事件となる。独占的で排他的だった「ウィナーズ・クラブ」は、実はどんな小国であっても加入が可能だということが知れ渡り、世界中のあらゆる地域から頂点を目指そうとする国が現れるだろう。

 メキシコや韓国がドイツを倒し、日本がベルギーと文字通りの死闘を展開した今大会は、弱者や小国、後進と見られていた人たちが知らず知らずのうちに植えつけられ、育んでしまってきた心理的な壁を大幅に破壊した。

 FIFAが目論(もくろ)む大会出場国の拡大を、わたしはW杯を破壊する行為ではないかと見ていた。だが、今大会で少し考えは変わりつつある。これほどの変化を目の当たりにしたら、変わらざるを得ない。(金子達仁氏=スポーツライター)

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