【コラム】金子達仁

刃はいずれ、「アジアの盟主」日本にも向けられる

[ 2018年6月29日 13:45 ]

ドイツ代表を批判するドイツ・メディア。ビルト紙は「Ohne Worte(言葉なし)」と酷評
Photo By ゲッティ イメージズ

 W杯史上最大の衝撃、といってもいいだろう。

 最後はいつも、ドイツが勝つ――。ガリー・リネカーが残した名言は、サッカー界の誰もが感じていた感覚を、極めて端的に言い表したものである。

 もちろん、ドイツとて敗れる時はある。隣国オーストリアに衝撃的な敗北を喫し、2次リーグ敗退を余儀なくされた78年大会や、準々決勝でブルガリアのカウンターに沈んだ94年大会などは、世界が驚き、多くのドイツ人が打ちのめされた。

 だが、これほどの衝撃は、かつてなかった。

 取りこぼすことはあっても、ここ一番では必ず勝つ。死闘を制するのはいつもドイツ。ドイツ人だけでなく、ドイツの勝利を忌(い)ま忌(い)ましく思っている人たちもどこかで信じていた真理は、この日、崩れた。

 それも、韓国によって。

 この衝撃は、生まれて初めて「地動説」に接した中世の人々か、ダーウィンの「種の起源」で人間の祖先は猿だと聞かされた人が受けたそれに匹敵するかもしれない。

 常識は覆り、崇(あが)め奉られてきたものは否定された。

 過去2試合、悪質な反則を多発して白い目を向けられつつあった韓国だったが、この日は違った。彼らは本気で前回王者を倒しにいき、それをなし遂げた。今大会で急速に固まりつつあった「アジアの盟主=日本」というイメージに楔(くさび)を打ち込む、凄(すさ)まじいばかりの意地の勝利だった。

 時代が、動きつつある。

 日本がアジア勢として初めてW杯で南米勢を倒したのは、ほんの10日前のことである。ただ勝っただけでなく、内容で圧倒したうえでの勝利は、アジア各国からも絶賛されたという。大迫のヘッドが、アジア=サッカー後進地域というコンプレックスにヒビを入れたのだ。

 だとしたら、韓国の勝利はアジア勢が感じていた世界の頂点との距離感を変える。自分たちには到底届かないもの、欧州か南米の国にしか狙う資格のないものという謂(い)われのない思い込みは、これで変わる。

 アジアだけではない。アフリカの意識も、変わる。

 もちろん、日本人の意識も。

 これからは、どんな欧州の強豪と戦うことになっても、いままでほどには臆さずにすむ。だが、ドイツよりも強いと考える人は少ない。あのドイツに韓国が勝った。ならばどうして自分たちが勝てないことがあろう。わたしなら、そう考える。

 たとえ敗れたとしても、アジアだから、日本だから敗れたのではなく、単に今日の出来が悪かったから、相手が強かったから、運がなかったから、自分たちの力が足りなかったから……つまりはいつもの敗戦と同じように考える。

 敗れたからといって、それまで自分たちがやってきたことすべてを否定するようなこともなくなる。

 再スタートと目指すべき地点の位置は、いままでよりもずっと高くなる。日本は、アジアは、いまよりもずっと恐るべき存在となる。

 だが、忘れてはいけない。日本人が世界一を視野に入れるということは、アジアの国々が日本を視野に入れるということでもある。

 刃(やいば)はいずれ、日本にも向けられる。

 慢心している暇はない。(金子達仁氏=スポーツライター)

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