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【コラム】金子達仁

日本が目指すべき道示したメキシコ独撃破

[ 2018年6月19日 12:40 ]

ドイツを撃破したメキシコ
Photo By AP

 歓喜を通り越え、感涙にむせぶメキシコ国民の姿が目に浮かぶ。鳴り響くクラクションの音。「メヒコ、ラララ」の大合唱。凄い試合だった。メキシコ、ドイツの当事者にとってはもちろんのこと、W杯の歴史においても特別な一戦として記憶されることになるだろう。本当に、本当に凄い試合だった。

 おそらく、世界中のメディアはこの試合を「大番狂わせ」と報じるのだろうが、わたしは違うと思う。カメルーンが前回覇者のアルゼンチンを破った90年や、そうそう、ベルミやマジェールの活躍でアルジェリアが西ドイツを下した82年の「番狂わせ」とは、試合の質がまったく違うからだ。

 82年の西ドイツは、90年のアルゼンチンは、明らかに出来が悪かった。優勝を視野に入れる強豪国にとって、1次リーグの初戦はアクセルを踏むにはまだ早すぎる。まして相手は明らかな格下。彼らには隠しきれない油断があり、気持ちのスイッチも入っていなかった。

 だが、モスクワでのドイツは違った。油断?この日の彼らに、そんなものは1ミリもなかったはずだ。メキシコが侮りがたい相手であることを十分に理解し、敬意と警戒を抱いて試合に臨んだことは立ち上がりからはっきりと見て取れた。

 何より驚くべきは、メキシコの側に卑屈さや脅(おび)えがまるで見られなかったことである。連覇を狙う前回王者に対し、彼らは真っ向から立ち向かった。勝利をかすめ取ろうとするのではなく、真っ向から挑みかかっていった。そして、幾度となく幾度となく、最強を謳(うた)われたドイツの守備をズタズタに切り裂いた。4年前は世界中どこの国も、ブラジルやアルゼンチンにすらできなかったことを、W杯優勝経験のないメキシコがやってのけたのである。

 過去、優勝候補と言われた国が意外な敗北を喫したことならば何度でもある。しかし、今大会のドイツほどに高い評価を受け、盤石とみられていた国が、これほどまでに崩された試合をわたしは知らない。

 ふと思ったのは、就任した直後のハリルホジッチ前監督が思い描いたのは、今日のメキシコのようなサッカーだったのかな、ということである。ポゼッションを軸に、縦への速さを加える。結果的に、軸とすべき点を疎(おろそ)かにしたため、彼のチームは特長を失ってしまったが、この日のメキシコは日本が目指すべき道を改めて教えてくれたような気がする。

 日本がそうであるように、メキシコにもネイマールやメッシはいない。それでも、彼らは時間帯によっては世界王者を圧倒し、ついに勝利を勝ち取った。彼らがやったことを、日本が目指すのは無謀なことか?身の程知らずなのか?

 そうは思わない。

 本来であれば、ブラジルがスイスと引き分けたのもかなりのニュースだが、メキシコの起こした衝撃が大きすぎて、すっかり影が薄くなってしまった。今回のW杯、いよいよ大変なことになってきた。(金子達仁氏=スポーツライター)

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