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迷走深き浦和 フロントの決断いかに

4月4日ルヴァン杯広島戦、指示を出す浦和・大槻新監督(右)
Photo By 共同

 ほとんどの場合、いや、99・9%と言ってしまっていいかもしれないが、ビッグクラブの監督が交代するのは、成績不振が原因である。

 これが中小のクラブであれば、成績を残した前任者が他のクラブに引き抜かれ、仕方なく後任を選ぶということもある。ただ、監督としての「あがり」とも言えるビッグクラブとなると、道は「解任」か「続投」の2つにひとつしかない。サー・ファーガソンのような「卒業」や、グアルディオラのように自ら契約を断って次のクラブへ移るケースは、極めて稀(まれ)である。

 ということで、ビッグクラブの後任監督となった人物が、前任者と違ったやり方を選ぶのは、ある意味当然のことである。「自分ならば」というプライドもあるだろうし、そもそも、前任者はうまくいっていなかったからこそ解任されたのである。そのコピーをしていても何の意味もない。

 だから、ペトロヴィッチのあとを継いだ堀監督が、前任者が手をつけなかった守備の強化に乗り出したのは、極めてオーソドックスなやり方だった。それまでは少しのエネルギーしか注いでいなかったところに、より多くのエネルギーを回す。その効果はACL制覇という形になって表れた。

 だが、チームの持っているエネルギー量には限りがある。ちょっと乱暴な言い方をすれば、守備に割くエネルギーが少なかったからこそ、浦和の攻撃は魅力的だった。攻撃面が突出していた浦和の戦力チャート図は、面積はそのままに、平均的な円形へと形を変えていったのである。

 同じことは、グアルディオラが去った以降のバルセロナでも起こっている。ペップとは違うサッカーをやろうとする後任者の意志は、ティキタカと絶賛されたサッカーを少しずつ変質させ、いまや原形をとどめないほどに変わってしまった。

 もう長いこと、わたしは監督の志すサッカーが端的に表れるのは、GKだと思っている。クライフがそうだった。ペップもそうだった。ポゼッションを重視するチームのGKは、フィールドプレーヤーのようにプレーすることを求められる。広島時代、そしてペトロヴィッチ時代の西川は、まさしくそうした役割に最適任のGKだった。

 だが、ポゼッションを少しずつ手放し始め、フィールドプレーヤーがピンを抜かれた手榴弾(しゅりゅうだん)のごとくボールを扱うようになったチームでは、最終ラインからキチンとつなごうとするGKの意志は異物でしかない。

 報道によれば、浦和は当面を暫定監督でしのぎ、次期監督候補にはネルシーニョの名前があがっているという。正直、浦和ほどのビッグクラブが、なぜ手(て)垢(あか)のついた監督を、とも思うが、シーズン途中ではそれが精いっぱいなのだろう。

 なんにせよ、この半年で浦和はチームの進むべき方向を完全に見失ってしまった。目指すのは未知か既知か。フロントの意志が定まらない限り、チームの迷走はおそらく、続く。(金子達仁氏=スポーツライター)

[ 2018年4月6日 05:30 ]

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