八木亜希子 局アナ時代を振り返り涙「深刻な話になっちゃいますよ」

[ 2017年12月9日 10:08 ]

八木亜希子
Photo By スポニチ

 フリーアナウンサーで女優の八木亜希子(52)が9日放送のTBS「サワコの朝」(土曜前7・30)に出演。局アナ時代につらかったことを思い出し、涙を流す場面があった。

 八木は1988年にフジテレビに入社。同期には、タレントの有賀さつき(52)、貴乃花親方の妻としても知られる花田景子さん(旧姓・河野=53)がいる。入社後、初のレギュラー番組は「笑っていいとも」のテレフォンアナウンサーだったといい、「本当に電話をかけるだけだったんです」と振り返った。その後、同局の看板アナとして、バラエティーだけでなく、「めざましテレビ」の初代キャスターを担当するなど、ワイドショー、ニュースでもメーンを務めた。2000年3月、34歳の時にフジテレビを退社。フリー転身後は、アナウンサー業だけでなく、女優としても活躍の場を広げた。

 司会でエッセイストの阿川佐和子さん(63)から局アナ時代に一番つらかったことを聞かれると、八木は「深刻な話になっちゃいますよ」と苦笑。「最初に、ワイドショーをやっている時も悩んでいて、取材しながらもあまりにもスキャンダル的なことだったりした時に、どこまで相手に踏み込んでいいのかと。私じゃなくても、自分の番組の中でスタッフは入り込んで行かざるを得なくなる時に、どこまでどういうふうに距離を置いたらいいのかを凄く悩んでいた」と当時に葛藤を明かした。その後、ニュース番組を担当した時も「被害者の家に押し掛けるということがあって、それを生放送とかで見る、連日っていうのがあって。お父さんが凄くつらそうに答えているのを見ているのが一番つらくて…それを(スタジオで)受けなくちゃいけなくて」と思い出し、思わず涙を流した。

 報道する立場でも「どうしたものだろうというのがあった」とし、「その後に、報道被害者の会がちゃんとできて、被害者の親御さんたちがメディアと組織だって対応するようになったりとか、そこから放送倫理がスタートする。でもその混沌とした時にニュースを担当してて。(フジテレビを)辞める1、2年前ですけど、それを思い出します」と神妙に話した。

続きを表示

「美脚」特集記事

「内田裕也」特集記事

2017年12月9日のニュース