「コメントはメールかファクスで」おかしいぞ!?芸能取材は何が変わったのか

[ 2016年9月12日 09:00 ]

 【川田一美津の何を今さら】先日、他紙の先輩記者から、こんな電話をいただいた。

 「最近の芸能取材はどうなっているの。何でもかんでもメールやファクスで事務所からタレントのコメントをもらって、それを記事にするなんて僕たちの時代には考えられなかったよね」

 確かにそう思う。私とその先輩が取材の現場を駆け回っていたのは、90年代前半。俳優や女優、タレントが映画や舞台に出演したり、何か新たな仕事に挑戦するという時などには、必ず本人に直接会って抱負や意欲を聞いた。その種の記事を一紙だけで掲載することを「制作ニュース」と言うのだが、記事の大きさにかかわらず直に取材機会を持つのが鉄則。逆に会うことが出来ない場合は、「話を聞けないなら記事は書けません」とこちらから断っていた。

 手前ミソで恐縮だが、当時、歌舞伎の取材で夏は大阪・松竹座、年末は京都・南座に毎年のように足を運んだ。芝居を見て役者の楽屋に顔を出すと、「今日はこれからどうするの。あそこの店で待っててよ」と舞台がハネてから合流し、食事をしながら打ち解けたものだ。もちろん、酒席で「ここだけの話」が飛び出すこともあった。また、舞台の看板女優と何度か作品の縁の地を役作りと称して訪ねたこともある。夜は必ず宴会。数人の記者と女優を囲んでカラオケ。普段、テレビや芝居では見られない彼女の素顔に触れることも出来た。

 少なくとも2000年前後までは取材対象と記者との距離が比較的近い状況が続いていた。事務所や周囲も可能な限り、そういう環境作りを心掛けていたように思う。だから、予想外のトラブル、スキャンダルが起きても記者が単刀直入に本人に確かめる術(すべ)もあった。それがいつの間にか、双方の間に見えない壁が立ちはだかってしまった。今では前述のような単なる仕事の話でさえもなかなか本人にたどり着けない。揚げ句の果ては事務所から差し障りのないコメントが送られてくる始末だ。

 何故そうなってしまったのか。理由はいくつも考えられるが、そのひとつはスポーツ紙と芸能事務所の関係が大きく変化したからだろう。かつて主要メディアがテレビ、新聞だった時代は、芸能関係者にとってスポーツ紙の芸能面は最も効果的な宣伝媒体だった。ところが、この20年、インターネットが普及し、メディアを取り巻く環境が劇的に進化した。若者の新聞、テレビ離れは進み、活字メディアの部数が減少傾向にあるのは周知の事実だ。

 今やタレントがブログやSNSなどで自ら情報を発信することは当たり前のこととなり、芸能人サイドがより効率良くPR出来る媒体を選ぶ時代になった。あるプロダクションの社長によると、スポーツ紙の芸能面に記事を掲載するより、ネットに話題として取り上げてもらったほうがはるかに影響力が大きいと言う。新旧メディアの勢力図の変容が、「取材する側」と「される側」の力関係にも変化を及ぼしていることは間違いない。

 このところSMAP解散、お笑いタレントと女性アナウンサーの熱愛報道などで、かつてないほど芸能事務所や報道の仕方、記事の内容を巡っていろいろとネットで取り沙汰されている。その中には「事務所の言いなり」「御用メディア」など厳しい指摘も目につく。いずれにしても肝心なことは、取材記者の目が「読者か業界か」どっちに向けられているのかということだ。スポーツ紙も「新聞」と名乗る限りは、読者に真実を伝える重大な使命と責任を負っているのだから。(専門委員)

 ◆川田 一美津(かわだ・かずみつ)立大卒、日大大学院修士課程修了。1986年入社。歌舞伎俳優中村勘三郎さんの「十八代勘三郎」(小学館刊)の企画構成を手がけた。「平成の水戸黄門」こと元衆院副議長、通産大臣の渡部恒三氏の「耳障りなことを言う勇気」(青志社刊)をプロデュース。現在は、本紙社会面の「美輪の色メガネ」(毎月第1週目土曜日)を担当。美輪明宏の取材はすでに10年以上続いている。

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