時任三郎 NZ移住で父親役に自信「素の4年間 大きい」

[ 2015年9月20日 11:00 ]

カメラに向かい、爽やかな笑顔を見せる時任三郎

 「24時間戦えますか」と歌ったCMで一世を風靡(ふうび)してから四半世紀。俳優の時任三郎(57)はバブル期に企業戦士の象徴になったが、素顔は子育てのためにニュージーランドに一時移住した元祖イクメンだ。今年はデビュー35年。私生活での経験は父親役で生かされ、肩肘張らない「行き当たりばったり」の人生を楽しんでいる。

 バブル全盛の1988~91年、栄養ドリンク「リゲイン」のCMに出演し「24時間戦えますか」のキャッチコピーと歌でブームを巻き起こした。当時の新聞記事には「24時間男」の形容詞が必ずついたが、仕事一筋のCMキャラクターとは反対に、仕事を離れた時期がある。

 「たとえば脚本でも、役者として演じたいのはこうじゃないという思いが先に走って戸惑う。そういう壁によくぶつかるので、ある意味向いてないのかな。自分の中で消化しきれないまま芝居しちゃうことは多々あります。それが積もり積もってニュージーランドに行っちゃいました」

 91年に元モデルの千佳夫人と結婚。99年から4年間、ニュージーランドに家族で移住した。

 3人の子供と向き合い、食事を作り、野菜を育てる生活。「こういう仕事をしていると、子供を連れて買い物に行っても芸能人として見られる。それが取り除かれた状態で素の父親でいられた4年間は、自分にとって大きい」としみじみ。イクメンやスローライフといった言葉がはやる前から本能で実践。「何も考えずに行って向こうでビザを取ったんですよ。行き当たりばったりを楽しんでる部分もあります」

 帰国後は父親役の依頼が急増。2007年にはベストファーザー賞を受賞した。「現実世界でどっぷり父親に浸っていたので、すんなり入っていけました。“任せとけ”と自信もあった」と笑顔。

 趣味は写真。「夕景マニア」「夕陽(ゆうひ)ハンター」を自称しツイッターに投稿。夕日にこだわる理由は中学の水泳部時代、夕方5時から市民プールで練習し「夕日を見て毎日泳いでたのでインプットされちゃった。原風景です」と説明。「60歳になったら撮りためた写真をもとに油絵を始めたい」と夢も明かした。

 心に正直で、好きなことを選んで生きるのは大学時代から変わらない。「今のところ第2次移住はないです」と語るのが、公私ともに充実している証拠だ。

 ◆時任 三郎(ときとう・さぶろう)1958年(昭33)2月4日、東京都生まれの57歳。81年に「虹色の森」でドラマに初出演し、挿入歌「川の流れを抱いて眠りたい」でレコードデビュー。「リゲイン」のCMで「牛若丸三郎太」に扮して歌った「勇気のしるし」は約80万枚を売り上げた。主な出演作は映画「海燕ジョーの奇跡」(84年)や「海猿」シリーズ、ドラマはフジ「Dr.コトー診療所」シリーズやNHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」(11年)など。

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