謎めいた人だった三国さん 山田監督「いい役者とはそういうもの」

[ 2013年7月19日 20:31 ]

「三国連太郎 海峡を渡る日~お別れの会」で献花に訪れた山田洋次監督

 4月14日に亡くなった俳優の三国連太郎さん(享年90)のお別れの会「三国連太郎 海峡を渡る日~お別れの会」が19日、都内のホテルでしめやかに営まれた。会には、喪主を務めた長男で俳優の佐藤浩市(52)、お別れのあいさつを行った俳優の西田敏行(65)のほか、山田洋次監督(81)、俳優の北大路欣也(70)、津川雅彦(73)、浅田美代子(57)ら芸能関係者約800人が参列した。

 「釣りバカ日誌」シリーズで脚本を担当し、映画「息子」(1991年)でメガホンを執った山田監督は「三国さんの映画人生イコール戦後の日本映画の歴史だったんだなって、しみじみ思った。その最後の人が消えていったなと。本当に大事な人だったんなと」。

 三国さんについて「かなり謎めいた人」とし、「私生活について語ることもまずなかった。三国さん個人がどういう人だったかは、結局僕らには分からなかった。いい役者っていうのはそういうものだと思う。渥美清さんもそうだった」と96年に68歳の若さで亡くなった名優の名を挙げ、その役者魂を称えた。「ディテールを大事にする人だった。それは役者にとって重要なこと。決して映らないのに、足のつま先に雪を載せてほしいって言い張って。面白いな、そういうことを考えるんだなと思った」と現場での姿を思い出していた。

 映画「八甲田山」(1977年)などで共演した北大路は、三国さんとは自身が19歳の時からの付き合い。「プライベートで会った時に冗談半分で“僕たち、若者の役者はどうですか?”って質問したら、“ヤワだね”って言われて、“チクショー”って思った。一言だけど心に残った。厳しいけれど、しっかり愛情があった」と北大路。最後に会ったのは3年ほど前だといい、「共演作品の数は少ないですけど、全部思い出に残っていますね。素晴らしい大先輩と仕事させていただいた。(三国さんは)スゴイ役者でしたね」と故人をしのんだ。

 映画「大病人」(1993年)などで共演した津川は「(三国さんは)本当に特異な個性のある役者さんだった。何本か仕事はやりましたが、その中でも佐田啓二さんと夜中に大口論なさっていた姿は印象的だった」。三国さんとは「大変気が合った」という津川は「僕に合うと必ずうんこ見てる?っておっしゃっていて。見ないといけない、僕はいつも自分のを見てますって。それが健康の証なんですっておっしゃってました」と笑顔で2人の会話を振り返っていた。

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