【スポニチ潜入 特別編】高校野球の新基準バットは一長一短 「公立の名将」を直撃 求められる緻密な野球

[ 2022年12月12日 08:00 ]

サンプルバットを見つめる東播磨・福村監督(撮影・岸 良祐)
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 高校野球では事故防止を目的に、24年選抜から低反発の新基準金属バットに完全移行する。現行バット使用終了まで残り1年となった今、指導の現場はどう考え、感じているのか。「スポニチ潜入」特別編として、私学に比べて経済的、時間的制約が多い公立にスポットを当て、普通科県立校を春夏通算3度、甲子園に導いた東播磨(兵庫)の福村順一監督(50)を直撃。「公立の名将」は経済的負担増に懸念を抱く一方で、公立と私学の戦力差を縮める可能性を見いだしている。

 「初めて打った時は衝撃でしたね。飛ばないし、音も違う。個人的には、木製バットの方がいいんじゃないかと思いました」

 兵庫県加古郡稲美町にある東播磨高グラウンド。福村監督は新基準バットのサンプルを手に苦笑した。出場150チーム以上の激戦区にあって、08年夏、11年春に加古川北、21年春に東播磨と、普通科県立校を計3度、甲子園に導いた公立の名将。直撃取材すると、事故防止という導入理由を踏まえた上で、率直な意見を口にした。まず言及したのは経済的負担増への懸念だ。

 「予算が限られている公立には、どうしても、お金の問題が付いてきます。ますます各チーム、家庭の経済的負担が大きくなり、それが野球離れを、さらに助長してしまうのではないか…という危機感は抱いています」

 現在、東播磨にはサンプルバットが1本あるが、練習では使用していない。導入には現行の約1・5~2倍となる1本約3万円のコストがかかる見込み。チームバットにするには10本単位での購入が必要で、公立校にとってはきわめて大きな出費になる。バットの個人所有も選択肢に入るが、それも各家庭に負担をかける。そこに、さらなる野球離れへの危機感を抱く。

 とはいえ問題点を挙げるだけではない。戦略家の思考は提案にも及ぶ。「折れにくくて木製に近いコンポジットバット(※)や質が向上した竹バットの公式戦使用も許可してもらえたら経済的なことを考えると助かりますね」

 そもそも高校野球が74年から金属バットを導入した主目的は、折れやすい木製から金属に変えることで各チーム、家庭の負担を減らすことだった。その大義名分から言えば、折れにくいコンポジットや竹を選択肢に加えることは、理にかなう。

 一方で技術面については「ウチは練習から木製の打ち方を指導しているので、そこは問題ありません。もともと長打も出ないので、あまり変わらないのでは」と意に介さない。強化ポイントは「守備とバント」と明確。加えて「足を絡めた野球を、さらに追求していこうかなと考えています」と構想を練る。

 戦術面では、たとえば飛距離低下により外野の位置が前になる場合を想定。二塁から単打での生還が難しくなると見ており、「1死三塁や1死一、三塁からの攻防が鍵を握るのでは」など青写真を描く。また時間、資金、環境、人材の各面でまさる強豪私学相手に打力の差が縮まる可能性もあることから、「夏は打てないと勝てないと言いますが、そういうのもなくなるかもしれない。そういう意味では公立にもチャンスが出てくるかも」と、“好機”も見いだす。

 「バットが変わることで高校野球は緻密さを増さなければいけない。守備、足…原点回帰が求められます」と福村監督。今回のバット変更が、良くも悪くも、高校野球を変えるであろうことは想像に難くない。(惟任 貴信)

 ※コンポジットバット 骨格部分にカーボンを使用し、打球部の周囲にはメープルなどの木材を貼り合わせたトレーニング用バット。打感が木製に近く、反発係数もほぼ同等ながら、非常に折れにくい構造となっており、大学の硬式野球部などでも練習に用いられる。主な価格帯は約2万円。

 ▽新基準金属バット 最大直径を現行の67ミリ未満から64ミリ未満とし、打球部の素材の厚さを約3ミリから約4ミリに変更。細く、厚くすることで反発係数を低くし、打球速度を抑えて事故防止につなげることが狙いで、24年選抜から完全移行する。日本高野連の実験数値を時速に換算すると、平均打球速度では現行から約6.3キロ低下する見込み。また飛距離についても高野連関係者の話を総合すると、現行バットは木製に比べて約20メートル飛ぶとされていたが、新基準バットはそれが約10メートルか、それ以下に抑えられるという。

≪私学も緻密な野球に重き≫ 一方、私学の現場はどうか。19年夏の甲子園大会優勝、2度の選抜準優勝など春夏通算13度の甲子園出場を誇る履正社(大阪)の多田晃監督(44)も打球の飛距離低下が見込まれる中、これまで以上に守備、走塁を重視する考えを示した。

 「走る、守るということがより大事になってくる。特に守備。攻撃面では盗塁やバントが増えるんじゃないかと。野球が大幅に変わるとまでは思わないですが、細かいことも必要になる。社会人も金属から木製に替わって一気にロースコアが増えた。打ち方も変わったし、そういうのも参考にしながら、どういう野球をやっていくか考えようと思います」

 すでにサンプルバットは数本所有し、打撃練習で試打に取り組むこともある。とはいえ公立と同様、資金面に関しては、決して潤沢とは言えないという。

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2022年12月12日のニュース