東北にいた無名のドラフト候補 日本製紙石巻の152キロ右腕・秋田稜吾が狙う先輩に続くプロ入り

[ 2022年11月8日 10:55 ]

1年目で都市対抗出場を果たした秋田(撮影・柳内 遼平)
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 宮城の社会人野球チーム、日本製紙石巻のサイド右腕・宮内春輝投手(26)は大卒4年目でプロ入りの扉を開き、日本ハムからドラフト6位指名を受けた。2年目を迎える来年のドラフトで指名が解禁となる最速152キロ右腕・秋田稜吾投手(23)は先輩に続くプロ入りを誓った。

 11年の東日本大震災による津波で大きな被害を受けた日本製紙の石巻工場。約1年半後に復旧した巨大施設。煙突から白い煙が勢い良く吹き出している。その工場から歩いて約5分の場所に野球部のブルペンがある。秋田の剛球はうなりを上げ、キャッチャーミットを高く鳴らした。

 「宮内さんは練習に励む姿勢だったり、トレーニングの質だったり、見習わないといけないことばかり。プロ入りは夢なので、かなえたいと思います」

 変則サイドの宮内とは異なり秋田は1メートル80から投げ下ろす本格派。最速152キロの直球、縦に鋭く落ちるスライダー、シンカー気味に落ちるツーシームで投球を組み立てる先発右腕。今年の都市対抗にはJR東日本東北の補強選手として出場。2回戦のJR東日本(東京)戦で「東京ドームデビュー」を果たし、150キロを計測した直球を軸に2回を無失点に封じた。1年目から社会人野球最高峰の舞台を経験し「1イニング目は緊張でバタバタしたんですけど、2イニング目からは自分のピッチングができた。大舞台を経験できたことはよかったと思います」と振り返った。

 「名将」の勧めで投手の道を歩むことになった。神奈川の強豪・東海大相模では1年冬まで外野手。腰と手首を故障したことでフルスイングが困難になり、同校を4度も日本一に導いた門馬敬治監督から「ピッチャーをやってみないか」と打診され、肩の強さに自信を持っていたこともあり2年春から投手に転向した。中部学院大で投手としての才能は花開き、2年時には自己最速の152キロを計測。2度も明治神宮大会出場に導くなど躍動して社会人野球・日本製紙石巻への入社を勝ち取った。

 今季は先発した秋田が試合をつくり、救援の宮内にバトンをつなぐ必勝パターンだった。2年目で勝負の年となる来季は「9回を投げきって勝てる投手を目指したい」と進化を誓う。そのために「もっと楽にピッチングできる引き出しをつくらないといけない」と緩急の重要性を語る。同野球部2年連続のプロ入りへ、秋田の成長に期待が懸かる。(柳内 遼平)

 ◇秋田 稜吾(あきた・りょうご)1999年(平11)7月15日生まれ、岐阜県岐阜市出身の23歳。長森南小2年時から長森南イーグルスで野球を始める。長森南中では岐阜フェニックスに所属。東海大相模では甲子園出場なし。中部学院大では1年秋からベンチ入り。50メートル走6秒3。遠投110メートル。球種は直球、スライダー、カットボール、カーブ、ツーシーム。1メートル80、86キロ。右投げ右打ち。

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