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【内田雅也の追球】悪夢の“名古屋の継投” エース大野雄の登板回避で嫌な予感

[ 2022年7月2日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神1ー3中日 ( 2022年7月1日    バンテリンD )

<中・神>4回の攻撃前に円陣を組む阪神ナイン(撮影・大森 寛明)
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 試合前、中日予告先発の大野雄大が背中の張りを訴え、急きょ藤嶋健人に代わった。嫌な予感がした。エース登板回避で優勢ムードが阪神にあっては危険である。

 相手はショートスターターからブルペンデーになる。名古屋で先発から小刻み継投に苦戦した悪夢の一戦を思い出した。

 最後まで優勝を争った1992年の終盤、10月9日、ナゴヤ球場。中日は最下位に沈み、シーズン最終戦だった。監督・高木守道は前日に救援右腕の鹿島忠を先発起用すると明かしていた。「今年よく頑張ってくれた鹿島にきれいなマウンドに立たせてやりたい」。さらに主力5投手の登板を公表していた。

 阪神はこの継投に戸惑った。鹿島に2回無得点。さらに山本昌3回、山田喜久夫2回、今中慎二1回、与田剛1回と4安打で零敗を喫した。スコアは0―1。先発・野田浩司が前原博之に喫したソロが決勝点だった。

 当時、阪神監督・中村勝広は前日に「やりづらいな。もっと普通にやってくれたら……」と漏らした。優勝に向けて必死だったが、異例の継投に和田豊や新庄剛志らの気概が空転していた。
 敗戦後に中村が話した「こっちが受け身になりすぎた」は本音だろう。これが教訓で、相手がどうであれ、受けに回っては勝ちみが薄くなる。

 当時の中日には現監督・立浪和義が3番二塁で2安打、現阪神監督・矢野燿大が8番捕手でフル出場していた。あの1―0を覚えているだろう。

 嫌な予感は当たり、苦い記憶がよみがえる。この日の阪神打線も気概が空転した。再三の好機も相手のピンチリリーフなど小刻みな継投に戸惑い、あと一打が出ない。

 青柳晃洋が浴びたソロの1点が重かった。7回表1死二塁の打席で代打が出て降板となる際に見せた青柳の悔しそうな表情、その後ベンチで応援する姿が目に残る。

 8回表、7番手ジャリエル・ロドリゲスに佐藤輝明、糸原健斗が長短打し、ようやく同点。0―1の悪夢を払ったと思いきや、その裏、湯浅京己がプロで初めて本塁打を浴びて敗れた。

 大野雄のアクシデントで相手は捨て身で、藤嶋はお立ち台で「一丸」を強調していた。阪神が受け身だったとは言い切れないが、いま一度「挑戦」を再確認したい敗戦となった。=敬称略=(編集委員)

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