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【内田雅也の追球】ベストを尽くした結果かどうか 阪神にはオスナを敬遠する手があった

[ 2022年5月18日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神1-2ヤクルト ( 2022年5月17日    神宮 )

<ヤ・神>9回1死二、三塁、岩崎(左)はオスナと勝負しサヨナラ犠飛を打たれた(撮影・大森 寛明)
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 そりゃあ、岩崎優だって四球も出せば、失点もする。四球は今季打者51人目で初めて、失点は開幕戦(3月25日)以来13試合ぶりだ。1点を守れず、逆転サヨナラを許したとはいえ、責める気にはならない。

 本人は相当に責任を感じ、心を痛めていよう。それでも岩崎のことだ。翌日には何ごともなかったかのように無失点の好投を演じる。彼はそれほど強い、と信じている。

 それにしても最後の場面。阪神はなぜ、ホセ・オスナと勝負したのだろう。9回裏、同点とされて1死二、三塁。内野前進守備でオスナに向かい、犠飛を上げられた。

 誰もが敬遠の満塁策を考える。本塁は封殺プレーとなり、守りやすい。当たりによっては本塁経由の併殺も望める。

 オスナ敬遠ならば、次は投手の打順で、次打者席には浜田太貴がいた。オスナと浜田の比較か。

 恐らく、監督・矢野燿大や首脳陣はオスナの打撃不調をみていたのだろう。前5試合で15打数1安打。この夜も3打席とも凡飛。この打席でも凡打や三振も望めると期待したのだろう。

 だとしても、初球の直球、2球目チェンジアップと続けて外角の高めに外れた。岩崎の投球が高めに浮いていた。この時点から申告敬遠する手もあった。安打は浴びずとも外飛(犠飛)の危険性があったからだ。

 犠飛を上げられたのもチェンジアップが外角高めに浮いた。ボール気味だが、オスナのバットは十分届き、ライナー性で右翼後方に舞ったのだ。

 監督はつらい。クローザーの不調も含め、すべて敗戦の責任を負う。

 古典的な野球指南書、アル・カンパニスの『ドジャースの戦法』(ベースボール・マガジン社)に監督の仕事について<選手にベストを尽くさせること>とある。

 大リーグの名将スパーキー・アンダーソンは1989年、チームの不振で心身に変調をきたし、約1カ月間、休養を経験した。この時に<ベストを尽くせば負けることは恥ずかしいことでもなんでもない>と悟った。著書『スパーキー!』(NTT出版)にある。

 監督だけでなく、皆が省みたい。決断が最善であれば前を向ける。問題はベストを尽くしたかどうかである。=敬称略=(編集委員)

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