阪神・桑原 右肘痛と「付き合っていくしかない」手術せず1軍目指し目の前の一日に野球人生を懸けてきた

[ 2021年9月21日 05:30 ]

17年4月、好投を金本監督(左)からねぎらわれる桑原
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 【記者フリートーク】2年連続で60試合に登板し「最優秀中継ぎ」のタイトルも獲得した17年からの2年間が桑原謙太朗というプロ野球選手のハイライトかもしれない。ただ、今年で36歳の同い年の記者にとっては、近年の苦闘からもがき1軍マウンドを目指す姿が胸を打った。

 19年の春季キャンプ終了後。復活を期すはずの顔は、不安げだった。「試合での力感を考えたらブルペンで一日80球は投げられないとあかん。でも、それができなかった…」。わずか数球で終わることもあるシーズン中の1登板も、疲労度を換算してブルペンでその何倍も投げ込む。こだわってきた「ルーティン」ができなかった。その年、開幕1軍に食い込みながらも7試合の登板。悪い予感は的中した。

 同年4月の降格とともに、右肘痛との闘いも始まった。手術の選択肢もあったが「もう付き合っていくしかない」と決断。一年、いや、目の前の一日に野球人生を懸ける決意表明に聞こえた。マウンドに立っただけで、一球も投げられずに鳴尾浜のブルペンを後にすることもあった。それでも、最後には「またあの場所に戻れるように」と力強く言った。

 昨年9月13日の広島戦で513日ぶりの1軍登板を果たし、打者2人を抑え無失点。甲子園のスタンドと同じ「おかえり」の思いを込めて原稿を書いたのを今でも覚えている。余力を残すことなく、走りきった14年間。クワさん、本当にお疲れさまでした。(阪神担当・遠藤 礼)

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