甲子園出場も「野球をやめる」18歳で決めた指導者転身 「勝てる投手」育てる山梨学院・北村開コーチ

[ 2026年5月5日 09:02 ]

18歳で指導者のキャリアをスタートさせた北村コーチ(撮影・柳内 遼平)
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 アマチュア野球の指導者らに采配やチーム運営などについて、インタビューするスポニチアネックス連載「指導者の思考法」。第16回は春夏合わせて20度の甲子園出場を果たしている山梨学院・北村開コーチ(25)。同部に所属していた高校3年時に指導者としてのキャリアをスタートし、現在は投手部門の責任者を務めている。(取材 アマチュア野球担当キャップ・柳内 遼平)

 ――北村コーチは若くして指導者を志したそうですね。山梨学院では内野手でプレーしていたと聞いています。
 「選手としては3年生夏に背番号14で甲子園に出場することができました。ただ、自分の中では大学で野球を続けるという選択肢はありませんでした。体の小ささもあり、大学やその上のレベルでプレーを続けるのは厳しいだろうと感じていました。それならば、中途半端な気持ちで野球を続けるよりも高校の3年間を悔いのないように全力でやり切って、区切りをつけるべきだと考えたんです」

 ――甲子園出場を果たした実績がありながら選手を辞める。高校生にして大人な決断を下したのですね。
 「この決断には、選手時代からご指導いただいていた吉田健人先生(現部長)の言葉が大きく影響しています。先生は常々“目的を持たずに選手を続けるならば高校でやり切って終わった方がいい”と選手におっしゃっていて、その言葉が自分の中にすっと落ちてきた。ただ、高校で選手を終えると決めていましたが、やはり野球が好き。何らかの形で携われたらなという思いはありました」

 ――そこからどのように指導者の道に。
 「高校最後の夏の大会が終わって引退した直後に、吉田先生から“コーチをやってみないか”と声をかけていただいたんです。自分がお世話になった中学のシニアチームで指導するという選択肢もありましたが、高校野球という厳しい勝負の世界、その最前線の現場で指導できるチャンスをいただけた。これはまたとない機会だと思い、この道に進むことを決めました。ですから私の指導者キャリアは高校3年の冬にスタートしています。その後は山梨学院大に通いながら学生コーチとして、このグラウンドに立ち続けてきました」

 ――高校野球の指導者は大変なイメージがあります。
 「正直に言うと、選手を引退したばかりの頃は指導者の仕事がここまで大変だとは想像していませんでした。もちろん練習の厳しさ、時間の長さは身をもって知っていましたが、見えない部分での苦労や責任の重さまでは…。実際にこの立場になってみて、その大変さを日々痛感しています。ですが、それを上回る喜びがあるから続けられるんです。甲子園という大舞台でチームが勝ち上がっていく瞬間や、選手たちが成長する姿を見ることができる。その喜びが、すべての苦労を吹き飛ばしてくれます。大学時代は友人から“授業後に毎日グラウンドに行って大変じゃないか”と心配されることもありましたが、自分には指導者になるという明確な目標があったので、全く苦にはなりませんでした。むしろ、(学校への)就職が決まった年の春、チームがセンバツで優勝する瞬間に立ち会うことができ、指導者としてのキャリアのスタートラインで、これ以上ないほどのすばらしい経験をさせてもらった。今振り返っても、あの時の決断は間違っていなかった。この道を選んで本当に良かったと心から思っています」

 ――投手部門、Bチームの指導を担当。ご自身の専門だった野手ではなく、専門外だった投手指導は大変そうですね。
 「最初は右も左も分かりませんでした。そこで、長崎の大崎高校で監督をされている清水央彦さんの下で学ぶ機会をいただけました。清水先生は吉田洸二監督が清峰で指揮を執っていた時に部長を務められていまして、投手指導のスペシャリストとして名高い方です。そこで本当に1から、投手育成の哲学、技術指導のイロハを叩き込んでもらいました。その教えが指導の根幹になっています。ただ、一番大事にしているのは、自分は投手経験がないという事実です。だからこそ、選手が持つ感覚を絶対に否定しない。型にはめるのではなく、まずは選手に“どんな感覚で投げているか”と問いかけることから始めます。例えば、明大の林謙吾投手(3年)をはじめ、多くのOBや現在所属する選手に感覚的な部分を聞いて回り、選手から学ぶことで指導の引き出しを増やしました。自分の経験がないからこそ、謙虚に、そして貪欲に学ぶ姿勢を忘れないようにしています」

 ――山梨学院は毎年「勝てる投手」を育成している印象があります。そして3年生には今秋ドラフト1位候補の菰田陽生投手、プロ注目左腕・檜垣瑠輝斗投手、次世代を担う2年生には早くもスカウトから注目されている左腕・渡部瑛太がいる。順調に育成が進んでいますね。
 「勝てる投手が育つという印象は私の指導ではなく、監督さん、部長先生が試合前に徹底的に行う相手チームの分析、データ戦略が全てだと感じています。我々投手コーチの仕事は戦略を実行できる投手を育成すること。つまり、どんな状況でも狙ったコースに投げ込めるコントロールを磨き上げることです。ただ、それだけでは全国の頂点には届かないことも痛感しています。選抜のように、ある程度涼しい時期であればかわすピッチングでも勝負になりますが、夏はそうはいかない。猛暑の中で勝ち抜くにはやはり球威が不可欠です。ここ数年は夏に勝つためにどうすれば球の強さ、ボールの質を上げられるかというテーマにチーム全体で取り組んでいます。トレーニング方法を見直し体の使い方から変えていく。その積み重ねが、少しずつ結果につながり始めていると感じています」

 ――投手部門の責任者としての矜持を感じますね。他にはチームとしての一体感を保つことも、コーチの役割の1つですね。
 「その通りです。チームが夏という一つの目標に向かう時、最上級生のまとまりが何よりも重要になります。その中で、レギュラーではない選手、特に将来を担う1、2年生のケアは常に意識しています。彼らには“今は3年生の夏のために全力を尽くす時だ。でも、ここで流す汗や、先輩たちの姿から学ぶことすべてが、秋の自分たちのチームにつながる”ということを繰り返し伝えています。レギュラーチームの練習に参加する時も、Bチームとして自分たちの練習をする時も、それぞれに明確な目的意識を持たせる。そうすることで“チームの一員なんだ”という当事者意識が生まれ、一体感を保つことができると考えています」

 ――最後に指導者としての夢、目標を教えてください。
 「指導者としての個人的な目標は“もう投手陣のことは北村に任せておけば大丈夫だ”と全幅の信頼を置いてもらえる存在になることです。まだまだ学ぶことばかりですが、いつかそう言っていただけるように日々精進していきたい。そして、チームとしての夢は、もちろん夏の全国制覇です。厳しいトーナメントを勝ち抜き、深紅の大優勝旗を山梨に持ち帰りたい。簡単な道のりではないことは百も承知ですが、その夢を実現するために、選手たちと共に、これからもひたむきに努力を続けていきます」

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