大リーグが6月2日を「ゲーリッグの日」に選定 難病治療法の確立に向けてリーグ全体で支援

[ 2021年3月5日 08:53 ]

1939年7月4日。ファンの前で涙を見せるルー・ゲーリッグ(AP)
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 大リーグ機構(MLB)が4日、6月2日を「ルー・ゲーリッグの日」とすることを表明。この日は1941年に元ヤンキースのルー・ゲーリッグが難病の筋委縮性側索硬化症(ALS)のために37歳の若さで他界した日で、依然としてこの病気に苦しむ人が多いことから基金などを設立して治療法の確立に向けての支援を行っていく姿勢を示した。2日当日は球場にゲーリッグの背番号(4)に合わせた「4―ALS」というロゴマークが掲げられ、選手のユニフォームにも記される予定。さらに特注のリストバンドも着用することになっており、ロブ・マンフレッド・コミッショナー(62)は「彼のレガシーを祝福できることにわくわくしている」とコメントしている。

 ヤンキースの主砲として活躍したゲーリッグは1938年シーズンの半ばから体の不調を訴え、脚の筋力が低下。翌年のキャンプに入っても症状は改善されず、1939年4月30日のセネターズ戦でノーヒットに終わったあと、5月2日にジョー・マッカーシー監督に欠場を申し出て当時の大リーグ記録だった連続試合出場記録は2130で途絶えた。6月21日にヤンキースは背番号4の引退を発表。その後も「キャプテン」としてチームに帯同したものの7月4日の「ルー・ゲーリッグ感謝デー」で「私はこの世で最も幸せな男です」という名スピーチを残して球界を去っていった。

 当時、「ゲーリッグ病」とも呼ばれることになるALSはまだ社会には認知されておらず治療法も皆無。ゲーリッグの背番号「4」は大リーグで初の永久欠番となったが、本人は引退からわずか2年あまりでこの世を去った。

 大リーグには現在もなおALSの影響を受けている選手が存在。AP通信によれば、ブルワーズのジェイコブ・ノッティンガム捕手(25)は6人の親族がこの病気で死亡し、アスレチックスのスティーブン・ピスコッティ外野手(30)は母を、そしてロッキーズのサム・ヒラード外野手(27)は父をALSで亡くしている。それだけにリーグとしても積極的に活動に関わっていくことを決断。マンフレッド・コミッショナーは「この病気は我々にも密接であり、治療法を発見できるように背中を押していくことが必要。ゲーリッグ・デーができることによってこの病気を終わらせる日が来ることを望んでいる」と語っていた。

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