ヤクルト館山が引退 手術9度175針の“不死鳥”傷だらけの野球人生に幕

[ 2019年9月9日 05:30 ]

ヤクルト・館山
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 ヤクルト・館山昌平投手(38)が、今季限りで現役を引退することが8日、分かった。09年最多勝に輝くなど、通算85勝を挙げた「松坂世代」を代表する右腕だが、今季は1軍ではわずか1試合の登板に終わり、球団と話し合った上で決断した。計9度の手術を乗り越え、先発、中継ぎ、抑えでフル回転し、チームを17年間支え続けた。近日中にも球団から発表される。

 体には175針の手術痕が残る。右肩、右肘など9度の手術を乗り越え、何度も復活を果たしてきた館山が、現役に別れを告げる。「球団には感謝しかない。チームメート、ファンの方にも感謝したい。すがすがしい気持ちで引退できる」と思いを口にした。

 今季は6月12日の楽天戦で先発したが、3回5安打3失点で負け投手になった。再びチャンスをつかもうと、2軍ではチーム最多のイニング数を投げ、アピールを続けてきた。140キロ台後半の直球と多彩な変化球を駆使し、2軍でローテーションを守った。

 向上心は、38歳になっても衰えなかった。休日には岐阜などの遠方にも足を運び、体のメンテナンスに時間を割いた。訪れるジムも数カ所あった。戸田の2軍施設では、若手に交じって汗を流した。「今年は最高の2軍選手になってやろうと。自分から投げ出すことだけはしたくなかった」と下を向かずに野球と向き合った。「どんな形を使っているのかを知りたくて」と、メジャーで活躍する田中らのグラブをメーカーに発注し参考にした。

 日大藤沢時代には、同学年の横浜高・松坂大輔と延長13回の投げ合いを演じるなど頭角を現し、98年センバツでは4強入り。日大を経て02年ドラフト3巡目でヤクルトに入団した。06、07年にはチーム事情から抑えもこなし、08年からは先発として5年連続で2桁勝利をマーク。09年には16勝で最多勝のタイトルも獲得した。15年にはカムバック賞も受賞した。

 「野球をやめた後に“これをやっておけば良かった”と思わないために、やれることは全部やった。だから、悔いはない」。17年間で85勝を積み重ねただけでなく、24ホールド10セーブとどんな場面でも献身的だった。15年のリーグ制覇を経験した不屈の右腕が、穏やかな表情でユニホームを脱ぐ。

 ◆館山 昌平(たてやま・しょうへい)1981年(昭56)3月17日生まれ、神奈川県出身の38歳。日大藤沢から日大を経て、02年ドラフト3巡目でヤクルト入団。1年目から先発ローテに定着し、08年から5年連続2桁勝利。08年に最優秀勝率、09年は16勝を挙げ、最多勝に輝いた。3度のトミー・ジョン手術など、計9度の手術を敢行。15年にカムバック賞も、今季は6月12日の楽天戦の1試合登板のみ。1メートル81、98キロ。右投げ右打ち。

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