3年近く塀の中、それでも衰えぬ速球…問題児右腕のラストチャンス

[ 2015年12月29日 09:20 ]

 そのニュースを目にした時、「えっ、まだ野球やるの?」というのが正直な感想だった。12月18日、レンジャーズがある選手とマイナー契約を結んだ。名前はマット・ブッシュ。29歳。12年に起こした飲酒運転によるひき逃げ事故で34カ月間、収監され、2カ月前に出所したばかりの選手だ。

 ブッシュを初めて見たのは、11年前の04年6月。当時パドレス1年目の大塚晶則投手にインタビューを申し込んでおり、本拠ペトコ・パークに向かった。全体練習が始まる前、ふとグラウンドを見に行くと、一人の少年が遊撃の位置でノックを受けていた。球団関係者に「あれは誰?」と聞くと、数日前のドラフト会議で全米いの一番で指名された選手だと教えてくれた。地元サンディエゴの高校に通っており、球場を見に来たついでに球団関係者の前で練習を披露していたのだ。

 高校生の遊撃手が全体1番で指名されるのは、93年のアレックス・ロドリゲス(現ヤンキース)以来だった。「彼が将来のスター候補か」と思い、一塁ベンチ前でノックを見ていた。小柄ながら全身バネのような肉体で、とにかく一塁への送球が凄まじく速かった。

 手元のノートに目をやっていると、「Watch Out!(危ない)」の大声。すると、大きくそれたブッシュの送球がすぐ真横を通過し、そのまま観客席へ飛び込んだ。「危なかった」と肝を冷やしたが、その時、グラウンドにいた記者は自分だけ。「気が散るから、どけ!」という警告だったのかもしれないと思った。その後の取材。鋭い目つきとふてぶてしい態度が印象的だった。

 そんなブッシュの野球人生はまさに波瀾万丈だ。その数週間後にバーで乱闘事件を起こし、デビュー前に出場停止処分を受ける。遊撃手としては伸びず、07年に投手に転向したが、ケンカや酒を飲んでの奇行など、トラブルが絶えない。09年2月にブルージェイズにトレードされた直後には、パーティーで女性の頭を目がけてボールを投げつけて、即解雇された。09年は野球から離れていたが、10年にレイズがマイナー契約でチャンスを与える。ところが、12年にひき逃げ事故。「彼の野球人生はもう終わった」と誰もが思っていた。

 今回、レンジャーズはブッシュに再びチャンスを与えた。3年近く「塀の中」にいたが、今でも95マイル(約153キロ)の速球を投げているという。ドラフト全体1番で指名されながらメジャーに昇格できていないのは、過去に66年のスティーブ・シルコットと91年のブライエン・テイラーの2人しかいない。不名誉な3人目となるのか、それとも映画のようなストーリーを演じるのか。これがラストチャンスであることは間違いない。(記者コラム・甘利 陽一)

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2015年12月29日のニュース