【ジャンプ】高梨沙羅が歓喜の涙 リベンジの混合団体銅メダル 北京五輪失格の涙から1465日

[ 2026年2月11日 04:44 ]

ミラノ・コルティナ冬季五輪第5日 ジャンプ   混合団体(ヒルサイズ=HS107メートル) ( 2026年2月10日    プレダッツォ・ジャンプ競技場 )

<ミラノ・コルティナ五輪 スキージャンプ混合団体>銅メダルを獲得し号泣する高梨沙羅(撮影・小海途 良幹)
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 ミラノ・コルティナ冬季五輪のノルディックスキー・ジャンプの混合団体(ヒルサイズHS=107メートル)が10日(日本時間11日)、プレダッツォ・ジャンプ競技場で行われ、日本が同種目初となる銅メダルを獲得した。3番手で飛んだ高梨沙羅(29=クラレ)は1回目に96メートル50、2回目に97メートルを飛び、4年前の失格のリベンジを果たした。

 日本は丸山希(北野建設)、小林陵侑(チームROY)、高梨沙羅(クラレ)、二階堂蓮(日本ビール)のオーダーで臨んだ。女子ノーマルヒルで銅メダルを獲得した丸山希、男子ノーマルヒルで2連覇こそ逃したが8位入賞の小林陵侑、さらに4番手には銅メダルを獲得した二階堂蓮が控える。ノーマルヒル13位だった高梨の出来が大きく注目された。

 1回目。丸山、小林が飛び終わった時点で5位だった。メダル獲得へはこれ以上引き離されてはいけない中での1回目。高梨は96メートル50を飛び、3位に順位を上げた。そして2位で迎えた2回目は97メートルを飛び、ノルウェーにこそ抜かれたが、しっかりと二階堂へつないだ。7日(日本時間8日)の個人ノーマルヒルは1回目に92メートル、2回目に96メートル。いずれもその飛距離を超えた。

 高梨は4年前の2022年2月7日。混合団体でスーツ規定違反となり、失格となった。スロベニアの自宅に戻ると、部屋から一歩も出られなくなった。再び家の外に出られたのは2週間後。重い扉を押し開け、たどり着いた湖の光景を、今も忘れられない。「太陽が当たるって、こんなに幸せなんだ」。その時、ほんの少しだけ、もう一度飛ぶ勇気が戻ってきた。

 心に置き続けてきた言葉がある。帰国後の7月、山形・蔵王で練習していた時だった。名前も知らない地元の人が、ふと声をかけてきた。「飛んでいる姿を見るだけで、元気をもらえます」。飛び続ける意味を自問し続けていた日々。「ジャンプ界のためにできることがあるなら、やらなければ」。再び五輪を目指す理由が、ここにあった。

 練習のたびに欠かさずつけ続けた日誌を、何度も何度も読み返した。

 「五輪の失敗は、五輪でしか返せない」

 そう心に決めて歩んだ4年間。悲劇と涙を乗り越え、たどり着いた因縁の五輪の舞台、混合団体。銅メダルが決まると、切磋琢磨してきた仲間と喜びを分かち合い、涙を流した。その涙は歓喜に変わった。

 ◇高梨 沙羅(たかなし・さら)1996年(平8)10月8日生まれ、上川町出身の29歳。8歳で競技を始める。グレースマウンテン・インターナショナル―日体大。14年ソチ五輪4位、18年平昌五輪銅メダル、222年北京五輪4位。W杯では12年3月に初優勝し、男女を通じて歴代最多の個人通算63勝、総合優勝4度。1メートル52。

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