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斉藤立が史上初父子制覇、父・仁さん悲願から34年「これから、お父さんのような柔道目指したい」

[ 2022年4月30日 05:30 ]

柔道 全日本選手権 ( 2022年4月29日    日本武道館 )

影浦心(左)を破り優勝を決めた斉藤
Photo By 代表撮影

 体重無差別で柔道日本一を決める伝統の大会は3年ぶりに有観客の日本武道館で行われ、斉藤立(たつる、20=国士舘大)が決勝で昨年の世界選手権王者・影浦心(26=日本中央競馬会)を破り、初優勝した。最重量級の五輪連覇王者で、15年に死去した父・仁氏は88年大会を制しており、史上初の父子制覇。大会後に行われた全日本柔道連盟の強化委員会で10月の世界選手権(タシケント)100キロ超級代表に選出され、24年パリ五輪への扉が開いた。

 待望久しい日本男子最重量級の切り札が、大会史上3位の年少記録となる20歳1カ月で頂点に立った。現全柔連会長の山下泰裕に何度も阻まれた亡き父が、ただ一度頂点に立ってから34年。国士舘高時代の恩師、岩渕公一氏が「首を左右に揺すって入場する姿は父親とそっくり」と形容する斉藤が、19年以来2度目の挑戦で日本一の称号を得た。

 「まだ五輪も勝てていないので、お父さんと並べるレベルではない。これから、お父さんのような柔道を目指したい。(第一歩を)刻めたと思う」

 超えるべき相手を直接対決で破った。準決勝は東京五輪代表の原沢に絶えず技を掛け続け、3つの指導を引き出して勝負あり。昨年の世界選手権王者の影浦と対戦した決勝は、圧を掛け続けて徐々に組み勝ち、延長10分過ぎに技ありを奪った。今月初旬の選抜体重別に続き世界王者に2連勝し、「選抜よりも対策されて動揺したが、想定内ではあった。最後は気持ちで勝った」と振り返った。

 15年1月に肝内胆管がんで亡くなった仁氏から掛けられた最期の言葉は、「稽古、行け」だったとされる。小1で柔道を始めると、実家の6畳間で1日3時間の打ち込み、大会で優勝しても会場の隅で反省練習を課せられた。そうして骨の髄まで染み込んだのが、山下氏もほれ込む威力を誇る体落とし。天国で見守ったであろう父について尋ねられると「まだ課題があるので握手をしてから、課題(克服練習)をやらされたと思う。自分には厳しかったので、褒められることはないと思う」と思いをはせた。

 父は五輪を制した後も全日本を獲れず「エベレストには登ったが、富士山には登っていない」とつぶやいた逸話が残る。息子は先に富士山を制し、世界への挑戦権を手に入れた。表彰式でも表情を崩さなかった立。「喜ぶのは五輪で優勝してから。自分は20歳で、こんなところで喜んではいられない」。1メートル91、160キロの体格にふさわしい、でっかい夢を抱いている。

 《Vの瞬間家族も涙》斉藤の母・三恵子さん、兄の一郎さんも応援に駆け付け、優勝の瞬間は2人で感涙しながら手を握り合った。15年に仁氏が亡くなった後は、女手一つで2人の息子を育ててきた三恵子さんは「(仁氏も)全日本のタイトルを常々欲しいと言っていた。天国で喜んでくれると思う」と感慨深げ。今後の活躍が期待される愛息へ「次はエベレストに登ってほしい」と五輪制覇の夢を託した。

 【斉藤立(さいとう・たつる)】

 ☆生まれ 2002年(平14)3月8日生まれ、大阪府出身の20歳。

 ☆サイズ 1メートル91、160キロ。足のサイズは34センチ。柔道場を逆立ちしながら往復できるバランス感覚は天性。

 ☆家族 父の故仁氏、母・三恵子さん(57)、兄・一郎さん(23)。

 ☆柔道歴 小1から始め、小6で全国少年大会V。大阪・上宮中では3年時に全中90キロ超級で優勝。17年4月に国士舘高入学。19年の全日本選手権に史上最年少の17歳で出場。昨年11月のグランドスラム・バクー大会でシニアの国際大会初出場初優勝。

 ☆得意技 父直伝の体落としは、チョークで足の運びを描いた自宅前の路上で磨いた逸話がある。宿敵だった山下泰裕氏も「お父さんにそっくり」と評す。左組み。

 ☆無限の食欲 「ブラックホール」と周囲が驚くほどで、母・三恵子さんは毎日9合の米を炊いた。回転寿司店では、隣席の客に皿が回らないほど。高校時代も1食で5合を平らげた。現在は「3食。胃袋は小さくなった」。

 ☆20歳の誓い 3月に20歳となり「飲みに行きたい。グイグイいってみたい」。飲んでみたいお酒をレモンサワーだと兄・一郎さんに打ち明けると、「おまえ、女か」とたしなめられたという。

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