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クアドアクセル~223番通路からの報告

[ 2022年1月1日 04:30 ]

<全日本フィギュアスケート選手権 男子フリー>呼吸を忘れる人、手を合わせ祈る人…。360度からの視線の中で4回転アクセルに挑んだ羽生結弦(撮影・小海途良幹)
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 【長久保豊の撮ってもいい?話】彼がゆっくりと長い旅路のゴールに向かって行く。呼吸を忘れる人。両手を合わせ祈る人。360度からの視線を浴びて、大きく右足を振り上げて、羽生結弦は飛んだ。

 1万7800人の緊張を飲み込んださいたまスーパーアリーナ。全日本フィギュアスケート・男子フリー。時間にして1秒後、彼の体が4回と半分回り、右足エッジが氷をつかめば場内の緊張は弾ける。ドカーンと来る。彼が歩んできた地図も道標もない4Aへの長い旅路のゴール。私は自席を離れ223番通路からリンクを見ていた。あの日と同じように、彼のジャンプが視界の右から左に流れていくように。見届けるのはそこがベストだった。

 当日は仕事抜きのプライベート観戦。当たるはずがないと思いつつ申し込んだチケットだったが「厳正な抽選の結果、ご当選」されてしまった。入場列の最後尾にやっとたどり着きそこから寒風吹く中を1時間。だが歴史的瞬間の目撃者になれると思えば苦にもならなかった。

 あれは15年11月の長野だった。公式練習で見せてくれた恐ろしく長い飛距離のトリプルアクセルと高く飛んだトリプルアクセル。400ミリレンズの向こう側を右から左に飛んで行った。本人に確認できず記者たちには相手にもされなかったが、この2本が長い旅の始まりだったと思っている。そして19年12月のトリノ。「次、来るよ!」。仲間のカメラマンたちに4Aトライを予言した。アクセルの軌道からポン、ポンと体の軸を確認するジャンプを数回。そこから彼を取り巻くオーラの色が変わった。それは長野のときと同じだった。ファンも報道陣も大切にしてくれる彼のこと。このときと昨年4月の大阪でのトライは4Aへの旅を続ける彼の現在地を教えてくれたのだと思っている。

 12月26日は記念日にはなれなかった。「回った!」と思った彼の体は4回転半には少しだけ足らず氷に降りた。もはや希望しかない失敗。それゆえ場内からため息はもれず、逆に高揚し、次の舞を貪欲に求めた。彼はそれに答え、リンクを支配しやがて場内すべてを彼の色に染めていく。望遠レンズ越しではなく肉眼で見る彼はまさしく王だった。リンクのどこにいてもその絶対的な大きさは変わらない。4Aへのゴールは少し先になっただけのことだ。

 出口に向かう人の波に揺られながら21年の全日本で目撃したことを考えていた。

 世界よ、見たか!。佐藤駿の4Lzを、三宅星南の進化を、友野一希の気迫を、三浦佳生の若き雄叫びを。鍵山優真のスケートの上手さを、宇野昌磨のボレロのクールさを。そして羽生結弦の絶対を。

 一夜が明け、「五輪は勝たなきゃいけない場所」と彼は決意を表した。世界よ、思い出すがいい。「僕は五輪を知っている」と言って平昌で勝った彼を。ライバルたちは「僕も五輪を知っている」と北京に挑んでくるだろう。だが忘れちゃいけない。五輪で勝つことを知っているのは彼だけなのだ。羽生結弦だけなんだ。(写真映像部編集委員)

 ◆長久保豊(ながくぼ・ゆたか)同僚・小海途良幹と取材枠を巡って暗闘を繰り広げる現役カメラマン。復権を狙って水面下で工作するがうまく行かない59歳。

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