パラ陸上の“異端児”山本篤、環境向上へ「最高の結果」残す

[ 2021年1月2日 09:20 ]

「2020+α」 Restart To TOKYO

東京パラリンピック代表に内定している山本篤
Photo By 代表撮影

 東京パラリンピック代表に内定している男子走り幅跳び(義足T63)の山本篤(38=新日本住設)は、パラアスリートを取り巻く環境が悪化する中、懸命に前を向く。16年リオデジャネイロ大会では自己記録を更新しながら銀メダルに終わった。パラ陸上をけん引してきたレジェンドは、徹底的に自分と向き合い、4大会連続となる東京大会で最高のパフォーマンスを披露する。

 先駆者として道を切り開いてきた自負がある。だからこそ山本は、現在のパラ競技全体を取り巻く苦境にもくじけてはいられない。

 「ただスポンサー費をもらって活動しているだけでは、東京が終わったら“終わり”。(パラアスリートの)価値がゼロになるだけなんです」

 新型コロナウイルス感染拡大のあおりを受け、国内26団体の約2割がスポンサー企業から協賛金を減額されるなどの影響が出ている。元々、運営基盤に課題があり、東京大会後に支援が先細ることは予想されていた。だが山本は、今後の活動を見直すチャンスでもあるという。

 「選手とスポンサーが互いに刺激し合える関係を築く。そのためには絶対的な強さと、今自分が何をしたいのかをしっかり考えることが必要」

 17年10月にプロ転向。年俸1500万円、東京大会で金メダルを獲得すれば3000万円の出来高払いという、パラ選手としては異例の内容で契約を結んだ。「頑張ればパラ選手も稼げる」と公言し、現在も競技環境の改善や若手選手の育成を進める。昨年11月の関東パラ陸上では「20年のいい話題づくりになれば」という思いで専門外の400メートルに出場。1分2秒50の世界新記録を樹立して周囲を驚かせた。どこまでも“異端児”としてパラ陸上をけん引している。

 パラリンピックには08年北京大会から3大会連続で出場しているが、これまで銀2、銅1で、いまだ金メダルには届いていない。山本の代名詞である走り幅跳びでは、前回の16年リオ大会で自己記録を更新したにもかかわらず、手にしたメダルは銀色だった。

 「考え方がガラッと変わった。東京では記録だけを見つめて、それで最高の結果が付いてくればいい」

 人の記録に左右されるのではなく、ひたすら自分を高めることに集中する。39歳で迎える東京の大舞台で、山本の跳躍が金色に光り輝く。

 ◆山本 篤(やまもと・あつし)1982年(昭57)4月19日生まれ、静岡県掛川市出身の38歳。08年北京パラリンピックでは幅跳びで銀メダルを獲得し日本人義足陸上選手として初めてメダルを手にした。17年10月にプロ転向。幅跳びの自己ベストは6メートル70。1メートル67、59キロ。

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