クレルモン松島“16分間の衝撃”仏デビュー戦、負傷交代も「ケガするまでは完璧」

[ 2020年9月8日 05:30 ]

フランス1部リーグTOP14第1節   クレルモン33―30トゥールーズ ( 2020年9月6日    クレルモンフェラン )

<クレルモン・トゥールーズ>突破を狙うクレルモンの松島(手前左)=AP
Photo By AP

 クレルモンに移籍した日本代表FB松島幸太朗(27)がトゥールーズ戦に15番で先発デビューを果たした。前半16分に右太腿の負傷により途中交代したが、4度のボールタッチでインパクト十分のプレーを披露。本人によれば患部は軽傷で、早期の復帰が待たれる。試合はクレルモンが33―30で競り勝ち、16~17年シーズン以来、3度目のリーグ制覇へ好発進した。

 やや右足を引きずりながらピッチ外に出た松島の表情は、さすがに硬くこわばっていた。ベンチではマスクを着用し、右太腿の内側をアイシング。それでも交代するまで4度もボールタッチし、相手防御網を切り裂くスピード豊かなランを披露。3年後にW杯開催が控えるフランスでも輝けることを予感させる、16分間だった。

 「短い時間だったが、いいプレーで見せ場をつくった。ケガするまでは完璧にやったかなという感じだった」

 高い自己評価をもたらしたのが、前半4分に見せた約35メートルのゲインだ。フィールド中央左端のスクラムから、サインプレーでSOロペスから直接パスを受けると、防御網のわずかな間隙(かんげき)を爆発的な加速とハンドオフで切り裂いた。相手陣22メートルライン付近で南ア代表のWTBコルビに捕まったが、その後の先制PGへの起点となった。

 開始直後のハイパント処理もそつなくこなし、同7分にはゴール前からエリアを大きく回復するキックを披露した。交代直前の4度目のボールタッチでは、入場が1万人に制限されたスタンドから歓声が上がった。「お客さんも熱狂的な応援で、やっているこっちも楽しい。見せ場をつくり、強みが何なのかを証明できたと思う」。地元ファンの心をつかんだことを証明するシーンだった。

 右脚の故障は18年秋に、ニュージーランドやイングランドと対戦した日本代表活動を辞退する原因となった。状態は心配だが、松島本人は「そうひどくはないという感触。ネガティブには捉えていない」と強調する。シーズンは来年6月までの長丁場。次にピッチに立つ時こそ、その名をとどろかせる。

 ◆松島 幸太朗(まつしま・こうたろう)1993年(平5)2月26日生まれ、南アフリカ出身の27歳。6歳でラグビーを始め、桐蔭学園高3年時に全国大会制覇。卒業後、南アのシャークス育成機関に2年在籍し、13年秋にサントリー入り。14年5月のフィリピン戦で代表初キャップ。15、19年W杯に連続出場し、全9試合に先発。通算39キャップ。1メートル78、88キロ。ポジションはFB、WTB、CTB。

 ▽クレルモン フランス中央部クレルモンフェランを本拠地とするクラブで、1911年に現在も同地に本社を構えるタイヤメーカー「ミシュラン」の創業者一族によって創設された。優勝2回、準優勝12回を誇り、18~19年シーズンも準優勝。本拠スタジアムはマルセル・ミシュラン・スタジアムで収容1万9372人。チームカラーは黄と青で、ファーストジャージーは黄色。監督は元バックスでフランス人のフランク・アゼマ氏(49)。

 ▽フランス1部リーグ「TOP14」 欧州を代表するリーグの一つで、起源は1892年にさかのぼる。シーズンは例年8月(今年は9月)から翌年6月までで、レギュラーシーズンは14チームがホーム&アウェー方式で26試合を戦い、上位6チームがプレーオフに進む。興行的に世界で最も成功しているリーグと言われ、シーズン総観客動員は10シーズン以上も250万人を超えており、選手年俸も世界最高レベル。最多優勝はトゥールーズの20回。

 【海外で活躍 日本人ラガーマン】
 ★坂田好弘(69~70年ニュージーランド・カンタベリー州代表、WTB)68年の代表遠征をきっかけにカンタベリー大に入学し、州代表選手権1部でプレー。「FLYING WING SAKATA」と称され、オールブラックス入りを期待されるほど高評価を受けた。
 ★村田亙(99~01年仏2部リーグ・バイヨンヌ、SH)日本人プロ選手第1号として、99年12月のラヌムザン戦で先発デビュー。いきなり2トライを挙げるなど、01年まで2シーズン計44試合に出場した。
 ★岩渕健輔(98~00年英ケンブリッジ大、00~06年英1部リーグ・サラセンズなど、SO)99年12月に開催されたオックスフォード大との伝統の一戦「バーシティーマッチ」に日本人3人目の出場を果たし、初トライを記録。翌年には英1部で日本人初出場。仏1部コロミエにも所属した。
 ★田中史朗(13~16年ニュージーランド・ハイランダーズ、SH)堀江翔太とともに日本人初のスーパーラグビー(SR)プレーヤーとなり4季プレー。主にニュージーランド代表SHスミスの控えとして、15年にはSR初制覇に貢献した。

続きを表示

この記事のフォト

「羽生結弦」特集記事

「NBA」特集記事

2020年9月8日のニュース