どんな状況でも五輪は参加することに意義があるのだろうか?

[ 2020年3月6日 09:30 ]

IOC会長を務めたブランデージ氏
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 【君島圭介のスポーツと人間】1972年9月、五輪開催中の西ドイツ・ミュンヘンの選手村にパレスチナのテロ組織「ブラックセプテンバー(黒い九月)」が立てこもり、警察との銃撃戦の末、人質のイスラエル選手9人が命を落とす流血の惨事を生んだ。

 五輪史上最悪の事態直後に当時のIOC・ブランデージ会長は「The game must go on(競技は続行)」と宣言。テロリズムに屈しない姿勢は美談として扱われるが、当時は非難の声も大きかった。

 ブランデージ会長が、人種差別的だという評判も一因だった。68年のメキシコシティー五輪の男子200メートルに優勝した米国のトミー・スミスと3位のジョン・カーロスが、表彰台で黒い手袋をはめた拳を空へと突き上げ、人種差別への抗議行動を取った際、同会長は勇気を称えるどころか、2人を選手村から追放してしまったからだ。

 白人至上主義に牛耳られた五輪を、やがて商業主義が取って変わる。それが顕著になったのは、サマランチ会長が主導した84年ロサンゼルス五輪だ。放映権とスポンサー料で莫大な利益が生まれ、経済がより優先されるようになった。今回の東京五輪の放映権に米国の某テレビ局が支払う金額は約1300億円。他国に比べても桁違いの金で手にしたのは、選手を悩ませる真夏開催の権利だ。

 五輪の花であり、開催都市の最大の見せ場であるマラソン競技を札幌に移してまで、本来は秋が理想である五輪を真夏に開催するのは何故か。米国内でメジャーリーグのポストシーズンやNFL、NBAのシーズン開始時期と重ならないようにするためだ。

 近代五輪の父と呼ばれるクーベルタン男爵は、五輪ファンにも信奉者が多い。JOCの公式ホームページに「クーベルタンとオリンピズム」という素晴らしいページがある。そこで「五輪は参加することに意義がある」と語ったとされるクーベルタン男爵の言葉と現代の解釈の齟齬(そご)が指摘されている。

 クーベルタン男爵の言葉は「人生にとって大切なことは成功することではなく努力すること」だった。これは08年のロンドン五輪開催中のセントポール大寺院の礼拝で主教が述べた「オリンピックの理想は人間を作ること、つまり参加までの過程が大事であり、オリンピックに参加することは人と付き合うこと、すなわち世界平和の意味を含んでいる」をもとにしている。五輪に出場するために努力を重ねて試練を乗り越える肉体や精神が尊いのであって、儲けることは副産物であるべきなのだ。

 新型コロナウイルスの感染拡大は東京五輪にも大きな影響を及ぼしている。おそらく世界中の英知を集めて対策を立て、人類の祭典は予定通り催されることになるだろう。ただ、ウイルス感染や拡散のリスクを受け入れることが世界平和につながらないのなら、延期することも潔い。

 JOCは「クーベルタンとオリンピズム」の中で、「オリンピックはいつも時代時代の社会情勢に左右され、そのたびに『あるべき姿』が問い直されてきました」と述べている。今回のコロナウイルス騒動で、五輪が新しい局面を迎えることは間違いない。(専門委員)

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