プロフェッショナル=本田大三郎 64年東京五輪日本人初のカヌー代表「勝つことこそ本当のおもてなし」
2020 THE YELL レジェンドの言葉
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レジャースポーツとしても人気のカヌーに日本選手が初めて挑戦したのは64年の東京五輪だった。カナディアン・ペア代表の本田大三郎さん(84)は競技歴わずか3年で五輪に挑み、世界と互角に渡り合った。レスリング選手の長男・多聞(56)も3大会連続で五輪に出場。兄の孫の本田圭佑(33)はサッカー元日本代表というエリート一族を築き上げたレジェンドに、先駆者としての苦労や喜びを聞いた。
子供の頃からスポーツ万能だった本田さんは、熊本の八代高で先輩に誘われてハンドボールを始めた。3年時には主将を務め、日体大へ進学。自衛隊体育学校でも教官兼選手として活躍し、東京五輪を目指していた。ところが61年6月の国際オリンピック委員会(IOC)総会で青天のへきれきの事態が起きた。バレーボールと柔道が新種目となる代わりに、ハンドボールとアーチェリーが除外されてしまったのだ。
「自体校ではハンドボールとラグビーをやっていた。ハンドボールで五輪に出るつもりだったけど、種目がないんじゃどうしようもない。他の種目で出ることはできないものかとすぐに考えました」
目を付けたのはカヌーだった。36年のベルリン大会からずっと五輪で実施されてはいるものの、まだ日本人は誰も出場したことがない。何より決め手になったのは立て膝でパドルを漕(こ)ぐカナディアンカヌー独特のスタイルで、子供の頃に故郷の球磨川で熱中した舟遊びと同じだった。
「これならいけると思いましたよ。子供の頃に毎日悪さしていたのがこんなところで生きるとはね」
とはいえ「カヌー合宿所」という横書きの看板を見た近所のおばさんが「さすが力又一(チカラマタイチ)。みんな体格がいいねえ」と驚いたという逸話が残る時代の話。強化を担う協会組織はまだなく、教えてくれるコーチもいなかった。「そもそも舟が1艇もなかったからね。仕方ないから丸太ん棒を3つくくってそれにまたがって練習した。自衛隊の防火用水をパドリングタンクに見立てて漕いだりもしたよ」
62年4月、待ちに待った本物の艇がデンマークから届いた。さっそく五輪会場の相模湖(神奈川)で試乗会が行われた。他の選手のほとんどが艇に乗ることすらできずにひっくり返る中、本田さんだけは目標の島まで難なくたどり着くことができた。球磨川の急流で養ったバランス感覚はだてではなかった。
強化合宿ではたった1艇を巡って奪い合いになった。やがて本田さんは自分で自分の艇を作ることを決意する。知り合いの大工に頼み込み、何度も作り直した。木製が主流だったパドルも自分で考えて竹製に変えた。
「なんだかんだで2500万円ぐらい使ったかな。でも、やっぱり自分で作ったものが一番。外国製じゃ駄目。お母さんが作ったご飯じゃないと栄養にはならないんです」
毎日40キロ以上漕ぎ、食事中も読書する時も、トイレの中でさえ片膝をつく姿勢を取り続けた。初心者が世界に追いつくためには朝から晩まで練習するしかなかった。
そして迎えた64年の東京五輪。本田さんは岩村俊一と組んで10月20日のカナディアン・ペア(1000メートル)予選に出場した。
「2番以下はビリと同じ。目標は優勝」とスタートから先頭で猛烈に飛ばした。500メートルを過ぎてもまだトップ。750メートルまで先頭を突っ走ったが、そこで力尽きた。残り250メートルで後続艇に次々と抜かれ、最後は4分25秒86で5位。翌日の敗者復活戦に回った。敗復で3位以内に入れば決勝進出のチャンスはまだ残されていたが、すでに前日の予選で全精力を使い果たしていた2人に余力はなく、3位と1秒75差の4位で3年間に及ぶ本田さんの戦いは終わった。
「敗因は学習の期間が3年しかなかったということ。1000メートルのコースを日割りして、何日目まではここまで完成しようという練習をやってきた。それが750メートルまでしか完成できなかったということ。残り250メートルを漕ぐには日にちが足りなかった。でも、その時の力を全部出し切って負けたんだから仕方がない。やることは全部やったんだから」
1年後に再び巡ってくる東京での五輪。ゼロから競技に取り組み、自分の力だけで世界と互角に渡り合った本田さんは後輩たちにこんな言葉を贈った。
「宮本武蔵の五輪書じゃないけど、一番大事なことはよく吟味すること。よく吟味してよく工夫して、なおかつよく鍛錬して、正々堂々と試合をして勝つ。正々堂々とやって負けるのは誰でもできる。正々堂々とやって勝つ。それが本当のおもてなしなんです。お土産渡すのがおもてなしじゃない。決勝戦まで付き合うのが本当のおもてなし。外国人だけの決勝を誰が見に行きますか?」
≪受け継がれる“持ってる”遺伝子≫自らの手で道を切り開いた本田さんのパイオニア精神は子孫たちにも脈々と受け継がれている。「生まれる前から五輪選手にすると決めていた」という長男の多聞はやはりスポーツ万能だったが、「レスリングで優勝できなければ大相撲に入門させる」と脅されて?レスリングを選択。タイヤを引きずりながら登校させられるなど厳しく育てられ、84年ロサンゼルス五輪のフリー100キロ級で見事5位入賞を果たした。続く88年ソウル、92年バルセロナにも出場したが、メダルは獲得できなかった。
兄の孫の圭佑には「子供の頃に、強くなるためには毎日練習日誌を書けばいいと教えた」という。圭佑が小学生の頃からずっと練習日誌をつけていることは有名だが、そのきっかけは大叔父にあたる大三郎さんからのアドバイスだった。
≪ミュンヘン五輪はコーチとして同行≫現役引退後、本田さんは後進の指導にも力を入れ、72年のミュンヘン五輪にはコーチとして代表選手団に同行した。76年には横浜市消防局に入局。体育訓練担当課長として若手消防官の教育に当たった。マイナー競技だったカヌーの普及にも尽くし、現在も神奈川県三浦市でマホロバ・ホンダカヌースクールの代表として子供たちにカヌーの面白さや楽しさを伝えている。
≪スプリントとスラローム≫カヌー競技には直線コースで一斉にスタートして着順を競うスプリントとゲートを通過しながら激流を下るスラロームがある。さらにブレード(水かき)が片方だけに付いているパドルで漕ぐカナディアンと両端に付いているカヤックに分かれ、スプリントは距離や人数でさらに細分化されている。64年の時は神奈川県立相模湖漕艇(そうてい)場が会場となったが、今回は新設のカヌースラロームセンターと海の森水上競技場で行われる。
◆本田 大三郎(ほんだ・だいさぶろう)1935年(昭10)2月17日生まれ、熊本県八代郡坂本村(現八代市)出身の84歳。八代高から日体大に進んだが家庭の事情で中退(後に功績が認められ特別卒業)。自衛隊に入隊し、カヌー代表として64年の東京五輪に出場した。72年ミュンヘン五輪では日本代表コーチ。現在はマホロバ・ホンダカヌースクールの代表を務めている。
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