人生を評価する方法 NFLカウボーイズのランディー・グレゴリーに見る光と影

[ 2018年12月20日 08:00 ]

イーグルスのQBウェンツをタックルするカウボーイズのグレゴリー(AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】記事のタイトルは「自分は本当に間違った場所にいた」だったが、本人が語ったコメントの中で一番印象的だったのは「自分は幸福とは無縁だと思っていた」の方だった。

 記事は米スポーツ専門局ESPNのエリザベス・メリル記者によって書かれている。取材対象者はNFLカウボーイズのディフェンス・エンド、ランディー・グレゴリー(26)だった。

 養父の仕事の都合で少年時代、米国内を点々としたグレゴリーは転校するたびにいじめられたと言う。日本でもよくあるケースかもしれない。それが「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」として残り、高校生のころからは大麻を吸うようになった。その習慣はネブラスカ大に入ってからも続き、ドラフト前の「身体測定会」となるNFLコンバインでは、薬物検査にひっかかった。1メートル96、110キロとサイズに恵まれ、しかも身体能力は抜群。しかし薬物違反に加え、ドラフト候補生を対象にしたアンケートで「死にたいと思ったことはありますか?」にチェックの印を入れてしまったために、上位指名が予想された2015年のドラフトでは結局2巡目(全体60番目)になってようやくその名前がコールされるほどだった。

 カウボーイズに入ったあと薬物には手を出さないはずだったが、幼いころから友人と呼べる人間がいなかったグレゴリーは誘惑に負けた。止めてくれる人間が周囲にはいなかった。そして、またしても薬物検査でひっかかり出場停止処分を受けた。代理人との関係もうまくいかない。もしそこで彼がダニエル・モスコビッチという弁護士と出会わなければ、メリル記者の特集記事は成立していなかったはずだ。

 モスコビッチ弁護士は自らが「ADHD(注意欠陥・多動性障害)」と戦っている人間であり、体ではなく心を病んでいたグレゴリーを理解できる側にいた。グレゴリーが薬物中毒患者のリハビリ施設で治療を終えると、同弁護士は2000ページにもおよぶ嘆願書をNFLに送付。ついにロジャー・グッデル・コミッショナーにグレゴリーとともに面接してもらう機会を得ている。

 結果が出たのはその1カ月後。「復帰可」の一報をメールで受け取ったモスコビッチ弁護士は、オフィスを飛び出て駐車場にいたグレゴリーに向かって泣きながら「戻れるぞ!」と叫んだという。それはグレゴリーが人生で初めて真の友人を手にした瞬間でもあり、「自分は幸福とは無縁だと思っていた」という人生観が劇的に変化した場面でもあった。

 2季ぶりにNFLに復帰したグレゴリーは今季12試合に出場して5回のQBサックをマークするなど、カウボーイズ守備陣の主力として活躍している。チームはレギュラーシーズンであと2試合を残した段階でナショナル・カンファレンス(NFC)東地区で首位(8勝6敗)。リーグから追放されたかもしれなかった選手は、1人の弁護士の努力によって救われ、今はチームに欠かせない役割を担うようになった。

 人間は過ちを犯す。スポーツ界の薬物違反者にいたっては数えきれないほど存在している。批判するのは簡単だが、その一方で、グレゴリーのように手を差し伸べれば本来行くべき道に戻れる人間も多数いることだろう。メリル記者の記事の中にはカリフォルニア州在住の代理人で、選手への便宜供与疑惑をかけられるなどで話題となったマイク・オーンスタイン氏がグレゴリー本人に説いた“人生訓”が紹介されている。

 「人生は自らの失敗では定義されない。助けた人が決めるものだ」

 NFL選手でありながら長期に及ぶ出場停止処分のために無一文になったグレゴリーの再出発。カウボーイズは今、どん底からはい上がってきた背番号94を戦力に組み入れてプレーオフ進出へと近づいている。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には8年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。

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